第16話 レリアンへ 8
タギは自分の手を見つめながら答えた。
「レーザー銃は子供でも撃てるからな。それに私たちの仲間は『戦士』の卵だった。子供でも大人の兵士に負けない働きができた」
確かに子供の手にはレーザー銃は大きかったが、それでも扱えないわけではなかった。そしてレーザー銃を持っていれば、子供でも『戦士』であれば恐るべき戦力になり得た。
『戦士』とは何なのか、説明はしなかった。遺伝子操作を受け、サイボーグ化された『戦士』達は飛び抜けた戦闘力を持っていた。そんなことを説明してもクリオスには分からない。まだ成長途上にあったタギは最終的なサイボーグ化手術までは受けていなかったが、その戦闘力は普通の人間とは比較にならなかった。
「あなたの国では、皆あなたのような力を持っていたのですか?あなたのような力を持っている人がたくさんいて、しかもレーザー銃を持っていてどうして敗れてしまったのです?」
クリオスの口調には責めるようなニュアンスがあった。あなた達がしっかりアラクノイと戦って勝っていたら、この世界にアラクノイが来ることなどなかったのだ、と何の根拠もなく、そんなふうに考えることができるほど、まだクリオスは若かった。タギの答にも苦いものが混ざった。
「私たちは多くはなかった。“敵”に比べるとあまりに少なかった。例え私たちの一人が千匹のアラクノイに匹敵する力を持っていたとしても、焼け石に水だった」
そうだ、百人の『戦士』で十万匹の“敵”を始末できたとしても、それで百人の『戦士』がすりつぶされてしまえば、それまでだった。『戦士』の補充は簡単にはできない。それなのに“敵”は後から後から湧くように出てきた。そして、戦闘獣…、人間はとうに戦闘車両やヘリコプターを失っていたのに、巨大獣も翼獣も倒しても倒しても切りが無かった。
クリオスは考え込んだ。何十万匹のアラクノイ、そんなものは想像もできなかった。それが皆あの光の矢をもち、巨大獣や翼獣を従えている、それはもう悪夢の世界だった。タギたちはアラクノイと同じ武器を持っている。だから戦うことができたのだろうが、今自分たちの前にその何分の一、何十分の一の数のアラクノイが現れればひとたまりもない。タギが言ったように、両方の世界がそう簡単には行き来できないようになっていることを願うよりなかった。
レリアンの市門をタギとアティウス達三人は別々にくぐった。もう夕方になっていた。タギはもともとレリアンとネッセラルの間を行き来しているアルヴォン飛脚だった。市門を通過できる鑑札を持っている。アティウス達もちゃんとそれなりの身分証を都合してきていた。タギは『蒼い仔馬亭』に行くつもりだったし、アティウス達マギオの民ははレリアンの中にも根拠となる基地を持っているのだろう。馬をクリオスに返しながらタギはアティウスに言った。
「私は『蒼い仔馬亭』という宿屋に泊まる。私にマギオの民の根拠地を知られたくなければそちらへ来て欲しい」
アティウスは軽く頷いて答えた。
「そうしますよ。あなたに知られても別に構わないんですが、今我々はセシエ公に動員されていて、館へ来ていただいても人手不足でろくなもてなしもできませんからね」
アティウスのおとぼけにタギは肩をすくめてみせた。
四人がレリアンに着いたのはもう暗くなりかけている頃だった。タギは顔見知りの門衛に鑑札を出した。門衛の男は鑑札を一瞥しただけでタギに返しながら破顔した。
「久しぶりじゃないか、タギ?ランはどうしたんだ、一緒じゃないのか?」
「ちょっと手間取る仕事だったんでね、ランはレリアンで留守番してるよ」
門衛の男が声をひそめてタギに話しかけた。
「バルダッシュに怪物が現れたという話じゃないか。何か聞いてないか?」
門衛は今の一番の話題について、外から帰ってきたタギから何か新しい情報が得られるのではないかと期待していた。その怪物がレリアンに現れない限り、彼らにとってそれは単に興味のあるうわさ話に過ぎなかった。タギから何か聞き出しても、今日の勤務あけの酒場の話題になるに過ぎなかった。
「怪物が現れたという話なら聞いたがね、あんたが知っている以上のことは知らないな」
「でもタギはあちこち歩いているんだろう?怪物をみた人間とも会ったことがあるんじゃないか?」
タギは肩をすくめた。
「怪物を見たことがあるなんて、セシエ公の兵隊だけだぜ。俺は、兵隊は嫌いだからな、そんなのの側に寄りたかないよ」
タギのとぼけに門衛の男はあきらめたように首を振った。そのまま身振りで、通るようタギを促した。間に何台かの荷馬車と作物を背負った農夫達をはさんで、アティウス達三人も無事に市門を通りすぎたのをちらりと確かめて、タギは『蒼い仔馬亭』に足を向けた。
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