第8話 蛮地へ 3章 黒森 1

 次の日の昼過ぎに三人は黒森に入った。土地が湿り気を帯びて来、草が密生するようになり、灌木の茂みが多くなり、背の高い針葉樹が見られるようになって、いつの間にか森に変わっていた。木々の間を縫うように細い道が続いている。見通しの悪い森の中は生き物の気配に満ちていた。虫や小動物、鳥、そして体の大きな肉食の獣、人間の使える土地こそ少ないもののそこは生き物にとって豊かなところだった。


 ヤードローが説明した。


「この道から入れば、先にカミオッタ族の土地を通る。フリンギテ族もカミオッタ族も森の住民で狩人だ。肉以外の食い物はほとんど川沿いの部族から手に入れている。砂金と宝石でな。ギガタエ族やトゥーラン族はジャガイモや雑穀を森の部族に売って砂金を手に入れ、その砂金で俺から物を買うわけだ。塩も、岩塩だけど、どこかで取れるらしい。森ではないところでな。乾いた土地のどこからしいが奴らしか知らない。多分森の住民も知らないんじゃないかな。それも平地のやつらが森の住民に売っている」


 シス・ペイロスにはシス・ペイロスの暮らしがあるのだ。オービ川を挟んで暮らしは大きく異なるとはいえ、それなりのやり方とルールがある。


 黒森に入ってすぐに小さな集落があった。集落のかなり手前で誰何された。タギは誰何される前に見張りがいることに気づいていたが、単に見張っているだけで、つまりタギ達を見かけ次第攻撃するわけではないことに気づいていたので、特に警報を発したりはしなかった。実際二人の見張りは巧みに木の陰に隠れていたので、ヤードローはいきなり矢をつがえた弓を突きつけられるまで気づかなかった。気づかなかったといってもヤードローはこういう事態を予想していたようで、慌てもせずに自分たちを紹介し、商売用の積み荷を見張りに見せた。そのときにヤードローが見張りの男達に小さく切った茶の粉の塊を渡したのをタギは見た。つまりは挨拶料ということだろう。

 見張りの男達の一人に案内されてタギ達は集落に入っていった。途中で細い道に折れて行くので、ここに集落があることを知っていなければ通り過ぎてしまうだろう。


「こんなところに集落があるのか?俺は知らなかったぞ」


 案内している男はぎろりとヤードローを見たが何も言わなかった。

案内されながらタギは男を観察していた。同じシス・ペイロスの住人といっても、オービ川沿いに住む人々とは印象が違った。いくらか小柄で、それでもタギより大きかったが、髪と髭の色が濃かった。油断なく三人を窺いながら集落まで案内する男は、戦闘に向かうアルヴォンの山人を思わせた。短めの剣を腰に吊り背中の矢筒にはいっぱいに短めの矢が入っていた。使う剣も弓も川沿いの住民が使うものとは異なっていた。川沿いの住民はもう少し長めの剣を持っていたし、矢ももっと長かった。戦いの場が平地なのか、森の中なのかの違いによるようだった。森の中では長い剣を振り回したり、大きな弓に長い矢をつがえたりするよりこの方が扱いやすい。何より漂わせている雰囲気に大きな違いが見られた。森の住民達は基本的に狩人でいつも戦いの中に身を置いていた。戦いの相手は獣だったり、人間だったりするのだろうけれど。彼らにとって他部族や、他の集落の住民は協力相手というより競争相手なのだ。

 連れて行かれたのは小さな集落だった。二十軒ほどの家しかない。集落に入る手前で見張りの男が指笛を吹いて合図した。鳥の声としか聞こえないような音色だった。吹き方である程度の内容を伝えることができるらしい。集落の門を入ると男達より女達の方が多く待っていた。集落の有力者と思われる男達に挨拶して、ヤードローが早速持ってきた品物を広げた。茶、酒、香辛料、装身具、布、女達は目の色を変えて品物を選んでいた。黒森まで入ってくる行商人は多くはないのだ。

 売った品物の代金を精算し終えたヤードローに、集落のおさの男が言った。長は見事な髭を生やした大男で、髭も髪も元々薄い色だったのが完全に真っ白になっていた。


「おまえ達は本当に行商人で、三人だけのようだが、東の方に今まで見たことがないような連中が現れて、フリンギテ族はぴりぴりしている。この先にいっても商売にはならないぞ。どうだ、おまえの言い値の三分の一なら持ってきたものをもっとたくさん引き取るぞ」

「見たことがないような連中?」


 集落の人々との会話はもっぱらヤードローの役だった。ヤードローが三人のリーダー格に外からは見えたからだ。


「そうだ。百人足らずと聞いたが、黒森の奥に入るつもりのようだ。なんの目的かもわからないそうだ」


 マギオの民だ。オービ川をもっと下流で渡ってシス・ペイロスに入ったのだろう。


「三分の一では足が出る」


 不機嫌にヤードローが応じた。


「何を言う。おまえ達の仕入れ値は俺たちへの売値の五分の一だと聞いたぞ。三分の一でも十分に元が取れるではないか」

「仕入れ値は五分の一でも、ここまで運ぶ手間が掛かっている。俺たちの儲けも必要だ。奥へ持って行けばもっと良い値で売れることが分かっているのに、そんな値では売れないよ」


 長は肩をすくめた。


「では勝手にするのだな。十分に気をつけた方がいいぞ、俺たちみたいに気の良い人間ばかりではないからな」

「忠告には感謝するよ」


 ヤードローは長に向かって香辛料の袋を差し出した。長は悪びれもせずに受け取った。







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