第8話 蛮地へ 3章 黒森 2

 集会所の一隅を借りて一晩泊まった。屋根と壁はあったが下はむき出しの地面だった。


「以前商売に来ていたんだろう?この集落には顔見知りはいないのか?」

「ここは初めてだ。道からかなり外れているからな。あんな風に誰何されたこともなかった。いわば俺の縄張りの外だな」

「信用できるのか?」

「夜中に襲われないかってことか?行商人を襲うなんて評判が立ったら誰も来なくなる。そうすれば奴らも困るのさ。奴らにとっても必要な品を持ってくるのだからな」


 ヤードローは比較的気楽そうにそう言ったが、どこまで信用していいのかタギにはもう一つ得心がいかなかった。タギは一晩中気を緩めなかったが結局何事もなく朝になった。

 次の日さらに森の奥へ道をたどりながら、タギは考え込んでいた。長の言っていた百人足らずの連中というのはマギオの民だ。百人とは彼らにしては多くの人数を動員したものだ。強引に黒森の奥へ入って行って、キワバデス神の神殿まで行くつもりらしい。当然フリンギテ族やカミオッタ族と衝突するだろう。その衝突がタギ達にとっていい方に働くか、悪い方に働くかは分からないが、ややこしくなったことは間違いない。


 それから四日間、タギとラン、ヤードローの三人は黒森の奥に入り込みながら、行商を続けた。特に何事もなく四日間で五つの集落を訪ねて物を売った。ヤードローは十五年前に行商を止めていたがどの集落にも顔見知りが何人かいた。ヤードローは旧交を温めながら、しかし結構抜け目なく商売をした。宿を提供してもらったのはヤードローの顔に依ったと言ってもいい。持ってきた大量の品々はよく売れた。彼らも外からの品物を待っていたのだ。量も半分近くになると、馬の背だけで十分に運ぶことができ、荷車に積む必要はなくなっていた。しかし軽すぎる荷車はかえって扱いにくいので重しの代わりの荷物を載せていた。森の中の木の根っこだらけの道を馬を引き、軽くなった荷物を載せた荷車を転がして進んだ。


 マギオの民の情報については知らない集落の方が多く、知っていたのは二つの集落の、それもその指導層だけだった。一つの集落では単にそう言う集団が黒森に近づいていることを知っているだけだったが、もう一つの集落ではもう少し詳しく知っていた。


「そいつらはほとんど森には入っていない。フリンギテ族の一隊と睨みあって動けなくなっているそうだ。なに、そんな簡単に入ることができるものか。森の中で俺たちと闘おうなんてとんでもない身の程知らずだ」


 その集落の長がヤードローに向かってそう言った。シス・ペイロスに入ってから、シス・ペイロスの民との交渉や、情報集めに関しては全面的にヤードローがやっていた。彼らから見るとヤードローだけが三人の中で一人前の大人に見えることと、ヤードローがシス・ペイロスの事情に一番詳しかったからだ。タギとランはヤードローに雇われて荷物運びをしているだけと見られていた。タギは別にそれで構わなかった。


「なぜ情報の伝達に濃淡があるんだ?正体不明の集団がすぐそばに来ているってのは大事件じゃないのか?」


 すべての集落に情報が知らされてないことがタギには意外だった。


「彼らがカミオッタ族だからっていうこともある。最初の集落のやつらはあの道の見張りをまかされているからな、ああいう情報も早いんだろう。情報を知っていた後の二つの集落もフリンギテ族と隣り合っているところだ」

「フリンギテ族とカミオッタ族ってのは仲が悪いのか?」

「仲が良けりゃ二つに分かれてなんぞいないさ。名前以外は何も違わないんだからな」

「だがキワバデス神に対する信仰はフリンギテ族の方が強いんだろう?」

「本神殿がフリンギテ族の中心地にあるからさ。カミオッタ族だって結構信仰しているよ。その証拠に今までの集落にだってキワバデス神の神殿があったろう?」

「あの屋根の尖った建物だな?」

「そうさ、オービ川沿いではキワバデスではなくカンディディードム神への信仰の方が強い。水の神だ。森の中と、河のそばでは求められる神が違うんだな」


 ヤードローは場所によって景色が違うのと同じだというように説明した。


「シス・ペイロスには他の神もたくさん居るんだろう?」

「居るさ、平原の民にはな。でも王国内ほどじゃない。そんなにたくさんの神に供物を捧げられるほど豊かじゃないんだ、オ-ビ川のこっちはな。だから一番肝心の神さんに集中して大きな信心をしてる。それがカンディディードム神だ。しかし黒森の中はキワバデス神一色だ。他の神はいない。やつらは自分がキワバデスに選ばれた民だと信じている。キワバデス神が汚れた世を直したあとに自分たちの世が来るとな」


 ランは不思議な話を聞くように、二人の話を聞いていた。なんだか二人とも神様を信じていないみたい。そう言えばタギが神様の話をしているのを聞いたことがないわ。


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