第8話 蛮地へ 3章 黒森 3
「この次からはフリンギテ族の集落になる。今までよりぴりぴりしている可能性が高い。どうもマギオの民と直接やり合っているのはフリンギテ族だけのようだからな」
ヤードローが顔を引き締めながら言った。これまでとは違う危険の中に入っていく心構えが必要だった。タギがこれから進んでいく森の方を、口を引き結んで眺めた。
「そうだな、この先はかなり剣呑な雰囲気があるな。森全体が殺気だっているようだ」
「シス・ペイロスに外から敵が来るなんて初めてじゃないか。今まではいわば仲間内の争いばっかりだったからな」
「闘って奪いたいような物がここにはないってことか?」
「砂金や、宝石ならあるようだが、そんなものを狙ってくるのは所詮は野盗のたぐいだろう。せいぜいが十人か二十人か、そんな数だろうし、訓練も受けてない連中だしな」
タギは頷いた。マギオの民はたった百人とも言えるが、それだけの数であっても統制の取れた集団がシス・ペイロスの、それも黒森まで入ってきたことなど今までなかったことだろう。
「で、いいのか?これまでとは比べものにならないくらい危なくなるぞ。本当にランを連れて行くつもりか?」
「私、行きます。タギと一緒に」
ランは慌てて言った。どんなに危険なところでもタギと一緒にいたい。例えそれがタギにとって迷惑であっても。タギが一度ランを見て、それからヤードローに向かって言った。
「ここに置いていくわけにはいかないからな。俺たち全部がここから引き返すか、ランも一緒に行くか、どちらかだ」
タギの言葉を聞いてランはほっとした。一人で放っておかれることはないようだ。タギと離れずに済む、それがランにとって一番大事なことだった。
「じゃあ、言い直そう、引き返すつもりはないんだな?」
「ない、俺にはどうしても確かめなければならないことだから。でもヤードロー、あんたがこれ以上は行きたくないってんなら、それは仕方がないことだと思う。ここまで付き合ってくれたことに礼を言う」
「何を言ってんだ。俺は一度口にしたことを違えたことはない。あんたを案内すると言ったんだから、最後まで案内するさ」
タギが笑った。ランに対して時々見せる優しい笑いではなく、不敵な、人を挑発するような笑いだった。
「そうしてくれると実は助かる。キワバデスの本神殿といってもどこにあるのか、俺は知らないから」
「よし、じゃあ行こうか。気を引き締めて」
ヤードローがタギの背中をどんと叩いてそう言った。
フリンギテ族の集落は予想通り異様な緊張に満ちていた。何食わぬ顔で集落に入ってきた三人はすぐに武装した男達に囲まれた。ヤードローが進み出た。
「我々は行商に来た。あんた達が必要とする物を持ってはるばるとここ、クルディウムの村までやって来た。慣例通り、物を売ることを許して欲しい」
「名前を訊こう」
武装した男達のリーダー格らしい男が言った。
「俺はヤードロー、この二人はタギとランだ」
「行商人だと言ったな?」
「そうだ」
「俺はおまえを知らない。少なくともここ五年ほどは行商に来ていないだろう?」
「俺は十五年前まで行商をしていた。この集落ならカジオニアスが長をやっていた頃だ」
リーダー格の男は武装兵の列の後ろに固まっている集落の人々に向かって言った。
「以前に来たことがあるそうだ。誰かこいつらを知っているか?」
男達の後ろで三人を見ていた人々の中から老婆が進み出た。曲がった腰を杖で支えている。かぶり物の下の顔はしわくちゃだった。
「ヤードローかい?しばらく見なかったが、覚えているよ。いつもうまい茶を持ってきていた」
ヤードローも覚えていた。破顔しながら答えた。
「クニァの婆さんじゃないか?達者だったのか?」
「久しぶりだね、ヤードロー。また商売を再開したのかい?そちらの二人は初めてのようだが」
「俺の娘のランと、婿のタギだ。商売の要領を教えておこうと思ってね、連れてきた」
以前に打ち合わせておいた通り、ヤードローがそう紹介した。
「おやまあ、あんたに娘なんかいたのかね?あんたに似ず別嬪じゃないか。でもまあ、細い腰だね、そんな細いんじゃ、ややを生むのに苦労するじゃろうに」
ヤードローが複雑な笑顔を見せた。娘を褒められ、同時にくさされた父親の顔だった。
「せっかく連れてきたのに、なんか雰囲気がおかしくてな。カミオッタ族のところじゃ詳しいことが分からなくて困ってたんだ。ここならなんか教えてくれるかと思ったんだが」
「それは、つまりー」
クニァの婆さんが説明しようとするとリーダー格の男が遮った。
「婆さん、こいつらに話していいことは
「それは困る。せっかくここまで来たんだ。アトーリまで行きたいと思ってるのに」
アトーリというのはキワバデスの本神殿のある、フリンギテ族の中心地だ。ヤードローの知る限り黒森の中で一番大きな集落だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます