第8話 蛮地へ 3章 黒森 4
「体のいい監禁だな」
タギが苦笑しながら言った。ランが心配そうな顔でタギとヤードローを見た。
「そんなに心配しなくていい、縛られているわけじゃないし、俺が昔から行商をやっていたことは分かったんだから」
三人は部屋の中で楽な姿勢をとって待つことにした。ヤードローは地べたに直に腰を下ろしてあぐらをかき、タギとランは木箱に腰掛けた。タギは目を閉じて、視覚以外の情報を得るために感覚をとぎすました。集落の中には五百人ほどの人が―フリンギテ族の集落の中ではかなり大きなほうだとヤードローが説明した―いるようだ。男達は殺気だっている。女や子どもは声をひそめて話している。今のところ三人に対する敵意は感じられなかった。
日が傾き始めた頃、タギの感覚に引っかかってくるものがあった。タギが眼を開け、その眼がきらっと光った。首を回して顔を集落の入り口の方へ向けた。小さな声で言った。
「帰ってきたようだ」
ヤードローとランには何も聞こえなかった。しかし、二人ともタギとのつきあいの中でタギの感覚が常人離れしているのを何度も見ていた。眼も耳も、勘としか言い様のないものもタギは人間とは思えないほど鋭かった。声をひそめてタギは続けた。
「二十人ほどだ、全員が武装して、ピリピリしている。戦闘の場から帰ってきたばかりのような雰囲気だ。かなり物騒な気配だな」
タギの表情がふっと変わった。眼を半分閉じて眉の間に皺を寄せている。さらに声をひそめて言った。
「怪我をしている奴がいるようだ、それも複数」
「本当か?」
「歩き方のおかしい奴がいるし、血の臭いもする」
ヤードローがため息をついた。
「そうだとしたら、こっちはしばらく放っておかれるな」
負傷者が、ひょっとしたら死者が出るほどの戦いの場から戻ってきたのだ。行商人などに構っている暇はないだろう。タギもヤードローもそう考えた。
ところがそうではなかった。一晩くらい待たされることを覚悟して、持参した食料を出そうとしたヤードローをタギが止めた。
「人が来る」
本当かとヤードローがいぶかしそうな顔をした。待つほどのこともなく扉が開いた。最初に入ってきたのはタギ達を迎えた武装兵のリーダー格の男だった。続いて二人武装した男が入ってきた後に、体格のいい立派な髭を生やした男が入ってきた。足下まで覆う長衣を着ている。鋭い目で三人を見つめた。
「ヤードローか?」
名前を呼ばれて、ヤードローが男を見つめ返した。見覚えがあるような気がしたがすぐには思い出せなかった。二、三回瞬きして男を見ているうちに思い出した。
「あっと、あんたはひょっとしてキンゲトリックか?」
ヤードローが名前を呼び捨てにしたことに武装兵が、とくにリーダー格の男がいきり立つのをキンゲトリックが手を挙げて押さえた。
「そんなに怒るな、ザンドルー。ヤードローは俺が若者頭だった頃から俺を知っているのだ。急に丁寧な言葉を使えと言っても無理だろう」
その言葉を聞いてヤードローがキンゲトリックに訊いた。
「キンゲトリック、ひょっとしてあんたが今、この集落の長なのか?」
「そうだ。八年前から俺が長を務めている」
「そうか、いずれはそうなるだろうとあのころから思っていたが、やっぱりそうなったか」
タギは黙って二人の会話を聞いていた。いまの会話からは敵対的な雰囲気になる可能性は少ないと判断した。
「忙しいんじゃないのか、帰ってきたばかりだろう?たかが行商人に構っている暇があるのか?」
「そうだ、非常に忙しいが、おまえが来たのなら訊きたいことがある。ここまで来る途中でいろいろ聞いてきただろう?」
「ああ、変な連中が黒森へ入ろうとして、あんた達と小競り合いをしているってな。あんたもそこから帰ってきたんだろう?だが俺に聞きたいことって何だ?」
「奴らはオービ川の向こうから来た。同じようにおまえも向こうから来た。何か知っているんじゃないか?」
「知らないな。第一そんな奴らが来ると知ってたら、こんな時に来たりしないぜ。危ないし、商売にもなりゃしない。そっちの兄さんにいつも通り商売できるなんて考えるなって言われたぜ」
ヤードローは見事にとぼけている。キンゲトリックが言った。
「『マギオの民』というらしい」
「『マギオの民』?!本当か?」
ヤードローはびっくりしたような声で訊き返した。実際少しびっくりもしていた。そんな名前をもうキンゲトリックが知っているとは思わなかったからだ。
「何人か捕まえたからな、そいつらから聞き出した。おまえ、『マギオの民』について何か知らないか?」
マギオの民は滅多なことでは口を割らない。聞き出すためにどんなことをしたのか想像がつく。しかしそんな考えを脇に押しやって、ヤードローが考え考え、説明を始めた。
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