第8話 蛮地へ 3章 黒森 5

「『マギオの民』ってのは、川向こうで、なんと言えばいいかな、つまり、あらゆる汚れ仕事を引き受けている奴らのことだ。誘拐、暗殺、情報収集、破壊活動、とにかくそんなことをやるのが専門っていう奴らのことだ。もう一息で勝てるって時に急に司令官が死ぬ、後方に蓄えていた武器や食料が焼けてしまう、作戦が全部敵方に筒抜けになる、そんなことがあるとマギオの民の仕業だといわれる。戦場でなくても目の上のこぶを始末したい、政敵を失脚させたい、貴族の跡継ぎに自分の都合のいいのを据えたい、そんなときにマギオの民を使う。もっともほとんどが噂だけだ。確かめられたことは滅多にない。少なくとも俺たちのような庶民の段階ではな。でも、集団であんた達の土地へ押しかけてくるなんて、そんな表だったことをするような奴らじゃないと思ってたんだけどな」


 キンゲトリックが目を光らせた。


「川向こうでは有名なのか?」

「普通の人間は知らないだろうよ。だが一度でも戦場に出たことのある人間なら奴らのことは知っている。たいていはあいつらを嫌っている。俺たちからみたら卑怯なことばかりやる奴らだからな」

「強いのか?」

「強いがまともに闘いたい奴らじゃない。名のある騎士であいつらと闘いたいと思っているのはいないだろう。どんな技を持っているか分からないし、やつら相手じゃ尋常の勝負じゃないから勝っても自慢にもならない。名誉とはほど遠い戦いになるからな」


 キンゲトリックはヤードローの言葉を聞いて考え込む風情だった。ヤードローが言葉を継いだ。


「本当にマギオの民だとすると、焼きが回ったのかな?黒森であんた達とやり合うなんて、気が狂ったとしか思えない。あいつら今頃後悔してるだろうよ」


 ヤードロートは徹底的にとぼけた。キンゲトリックの顔がゆがんだ。唇を噛みながら絞り出す様な声で言った。


「やつらは奇妙な武器を持っている。鉄の筒のようだがものすごい音と共に火を噴いて鉄の塊を飛ばしてくる。弓よりずっと遠くまで届くし、狙いも正確だ」


それを聞いてタギが横から口を出した。驚きの念が口調に混ざっていた。


「鉄砲をもっているのか?」

「鉄砲?」

「そうだ、これくらいの」


 タギは指で大きさを示した。


「鉄の塊を筒の先から飛ばす。矢と違って飛んでくるのがほとんど見えないから防ぎようもない」


 キンゲトリックがタギの方に顔を向けた。


「そうだ、そのとおりだ。おまえはあの武器を知っているのだな?」

「ランディアナ王国内で使われるようになった武器だ。近頃川向こうではそいつをたくさん揃えて、効果的に使った方が戦に勝つ」

「いやな武器だ!」


 キンゲトリックが吐き捨てるように言った。タギが応えた。


「いやな武器だ。しかし武器の好き嫌いを言っても始まらない。優れた武器を持った方が戦に勝つのだ」


 キンゲトリックが初めて正面からタギを見た。上から下までじろっと一瞥して、意外に役立つ人間かも知れないという表情で訊いた。


「おまえは?初めて見る顔だな」

「タギという」

「俺の娘婿だ」


 ヤードローが打ち合わせ通りのことを繰り返した。


「おまえは鉄砲と戦ったことがあるのか?」

「アルヴォンで」


 とタギは答えた。


「セシエ公の軍がニアを制圧したとき、鉄砲でやられた。大量に揃えて使われるとすごい威力になる」

「おまえはアルヴォンの山人か?そんなふうには見えないが」

「俺はアルヴォン飛脚だった。丁度通り合わせたんだ、あのとき。セシエ公は鉄砲を使ってたった二日でニアを制圧した。山の中に入ってしまえば鉄砲はあまり役に立たない、見通しが悪いし、同時に多数の鉄砲を使うわけにはいかないからな。しかし、アザニア盆地のような開けたところではとても敵わなかった」

「そのとおりだ。やつら、森の奥には入ってこない。ラスティーノの集落を襲ってからはそれ以上には入って来ない。あそこへ俺たちをおびき寄せては鉄砲を撃ってくる」

「手こずっているのか、あんた達が、黒森の中で?」


 ヤードローが訊いた。鉄砲を持ったマギオの民が百人をいたら、黒森の住民でも手こずるだろう。だが、森の中に入ってこない?どういうつもりだ、キワバデス神殿が目的ではなかったのか?タギは少し首をかしげた。しかしそんな材料不足で結論が出せないことより、取りあえず確かめたいことがあった。


「あんた、怪我してるみたいだな?」

「なに?」

「右足を撃たれたのか?」


 キンゲトリックが、キンゲトリックだけではなくその場にいたタギを除く全員が不審そうな表情をした。キンゲトリックがタギに訊いた。


「なぜ分かった?」

「あんた、入って来るときに少し足を引きずっていたし、血の臭いがする」

「キンゲトリック様、本当ですか?」


ザンドルーが顔を真っ赤にして訊いた。今まで気が付かなかったのだ。タギが言葉を重ねた。


「俺はけが人を見慣れているから。―それで弾はぬけたのか?」

「なんのことだ?」

「弾は貫通したのか、それとも足の中に入ったままなのかって訊いてる」

「入ったままだ。それでは具合が悪いのか?」

「弾を取り出さないと傷が治りにくい。矢が突き刺さったままと同じことだから」





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