第8話 蛮地へ 3章 黒森 6

 キンゲトリックが納得したように頷いた。


「ほう、こういうことに詳しそうだな、おまえは」

「アルヴォンで戦傷の手当てをかなりやったからな。あそこでもずいぶん死んだり、傷ついたりした」

「おまえは医者か?」


 キンゲトリックに尋ねられてタギが首を振った。


「違う。医者が本職じゃない。怪我の手当に少し慣れているというだけだ」

「じゃあおまえに抜いて貰おうか」

「あんたの仲間にやらせればいいじゃないか。見ず知らずの俺にやらせるより」

「あいにくそんなことの出来るやつがいない。矢傷や刀傷ならみたことがあってもあんな武器の傷なんか見たことがないからな。おまえが慣れているというなら、おまえに頼む」

「俺を信用するのか?」

「おまえは信用できないのか?それならただじゃおかんぞ。こんなときに信用できないやつを集落の中に置いておくわけにはいかないからな」


 キンゲトリックは目を光らせて威嚇した。タギは肩をすくめた。


「分かった。やってみよう。断っておくが怪我の手当がいつでもうまくいくとは限らないんだぞ」

「なに!」


ザンドルーがいきり立った。キンゲトリックが面白そうにタギをみながらザンドルーをなだめた。必ずしも好意的とは言えない大勢の人間に囲まれながら、言いたいことを言う、こんな態度がキンゲトリックは嫌いではなかった。


「そのとおりだ。医者は神様じゃないからな」

「キンゲトリック様、こんなやつ信用できません。大体キンゲトリック様に対する言葉の使い方も知らないようなやつですぞ」


 ザンドルーが長剣の柄に手をかけながら言った。キンゲトリックがなだめなければ、本当にタギに斬りかかっていたかもしれなかった。


「まあ、言葉で怪我を治すわけではないからな。それにこいつかなり自信がありそうだぞ」


 そのとおりだった。頭部や腹部の傷ではない、筋肉と骨しかない下肢の傷なら手当てはずっと簡単だった。


「湯を沸かしてくれ。それからきれいな布を用意して欲しい。それと手元を出来るだけ明るくしたい」


 タギが言うと、キンゲトリックがそのとおりのことを周りの人々に命じた。キンゲトリックの命を受けてそれぞれの仕事に人々が散った後、タギが訊いた。


「どこでやるんだ、ここか?」

「いや、俺の家へきて貰おう。湯を沸かすにも、灯りを用意するにもその方が便利だ」


 タギは荷物の中から怪我の手当の道具を取りだして、キンゲトリックについて行った。


 キンゲトリックは感心したような顔でタギの手元を見ていた。タギはキンゲトリックの傷口を少し切り開いて、探触子ゾンデで傷を探った。鮮やかな手つきだった。周りにキンゲトリックの家族や部下達がタギの手元を照らすため松明を持って立っていた。彼らもじっとタギのすることを見ていた。タギも感心していた。麻酔も無しに傷口を開きゾンデを突っ込んでいるのだ。痛くないはずがなかった。それなのにキンゲトリックは平気な顔をしている。たいしたやせ我慢だった。


「運がいいな、あんた」

「なぜだ?」

「弾は骨も大きな血管も傷つけてない。傷の周りの挫滅も少ない。きれいに治るよ」


 キンゲトリックが嬉しそうに答えた。


「ほう、そうか」


 ゾンデの先に金属の手応えがあった。ピンセットで摘んだが動かなかった。


「怪我をしてからどれくらい経つ?」

「昨日だ、やられたのは」


 それだけの時間、弾を入れたまま動き回っていたわけだ。少なくとも表面上は平気な顔をして。入り込んだ弾の周りの組織がもう固くなりかけていた。


「少し痛いぞ、弾の周りの組織を切り離さなければならないから」


 キンゲトリックは無言で頷いた。タギはメスで弾の周りの組織を切り離した。さすがにキンゲトリックも歯を食いしばっていた。血が噴き出してきた。十分に切り離してから、弾をピンセットで摘み、力を入れて取りだした。少し強い手応えがあったが、強引に取りだした。傷口に溜まってくる血を布で押さえて止血した。タギはピンセットに挟んだ弾をキンゲトリックに対してかざして見せた。欠けた鉛弾

だった。おそらく石か何かに跳ね返って砕けたものだ。だから勢いも殺されて傷も浅かった。タギがかざした弾から血が滴った。

 キンゲトリックが出した手のひらに弾を載せた。それを手のひらの上で転がした。手のひらに血の跡がつく。キンゲトリックは憎々しげな眼で弾を見た。

 タギは傷口を圧迫して血が止まるのを待って、挫滅した組織をきれいに切除してから縫った。ランが慣れた手つきで布を細く裂いて包帯を作り、傷の上に巻いた。


「終わったぞ」


 キンゲトリックが感心したように言った。


「大した手際だ。おまえは役に立ちそうだな」

「俺を専属の医者にしようというならお断りだぞ。そんなことをするために来たんじゃないからな。これはあくまであんたに対してだけだ」

「俺たちは商売をしにきたんだ。あんた達がマギオの民と小競り合いをしているならさっさと済ませて帰りたい」


 横からヤードローが口をはさんだ。キンゲトリックがヤードローに向かって言った。


「それならここで商売すればいい。おまえの持ってきているものは俺たちにも必要だから。だが、全部売れてしまってもアトーリまできてくれないか?」

「なぜだ?売る品がなくなったらさっさと帰りたいんだがな」


 ヤードローが不機嫌な声で言った。たいした役者だ、タギは感心していた。アトーリまで行くのが最初からの目的だったはずだ。渡りに船の提案のはずだが、ヤードローはあくまで気が進まないような振りをしている。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る