第8話 蛮地へ 3章 黒森 7

 キンゲトリックが言葉を継いだ。


「おまえ達はマギオの民のことについて知っている。鉄砲についてもな。フリンギテ族の他の者にも教えて欲しい」

「あんたにはもう話したぜ、あんたから教えてやればいいじゃないか」

「俺が話しても又聞きだからな、それに他にも訊きたいことが出てくるかもしれん」

「それならそれなりのものを貰うぜ。余計な手間なんだからな」

「いいだろう。アトーリで商売すればいいし、商売しなくてもあそこまで行く手間賃くらいは払う」


 ヤードローに向かって話していたキンゲトリックがタギの方へ向き直った。


「頼みがある」


 タギが何だというようにキンゲトリックを見た。


「俺の他にも怪我をしている者がいる。手当てしてやってくれないか?」


 タギの顔が厳しくなった。


「あんたの治療はうまくいった。いい条件がそろっていたからな。だが怪我の治療がすべてうまくいくと思って貰っては困る」

「分かっている。おまえに手当てして貰っても助からない者もいるだろう。だがおまえは明らかに俺たちよりこういうことに長けている。専用の道具もあるようだ」


 キンゲトリックはあごをしゃくってタギが持ってきた外傷治療用の道具類を指した。


「当然おまえに頼んだ方が助かる可能性が高い。それに俺一人がこういう恩恵にあずかるわけにはいかない」


 キンゲトリックの眼に真摯な光があった。部下を気遣う気持ちが表れていた。タギは承知した。


「分かった。出来るだけのことはする」


 負傷しているのは四人だった。キンゲトリックの家に運ばれてきた。家族や知人がその周りを取り囲んでいた。最初に腹に傷を負った男を見て、タギは首を振った。


「腹の傷は駄目だ。腸が破れて腹の中が汚くなっている。助けることは出来ない」


 腸管の内容が腹腔に漏れれば感染は避けられない。抗菌薬がなくては助けようがなかった。男は既に高熱を出していた。額にびっしりと汗をかいて、意識も落ちていて、盛んに譫言を言っていた。


「家族か、親しい友人に付いていて貰うのだな。俺に出来ることはない」


 後の三人は右胸を負傷している男と、左腕を砕かれた男、そして頭を負傷している男だった。胸の傷については肋骨に引っかかっていた弾を取り出し、傷を整復した。血気胸を起こしていたが自然に吸収され修復されるのを待つよりなかった。運が良ければ助かる。左腕を負傷した男は上腕骨がちぎれかけていた。切り落とすよりなかった。感染さえ起こしていなければ命には別状ないだろう。頭の負傷は左の側頭部を弾がかすったため皮膚が裂け、骨が見えていた。丸坊主にして傷をきれいにし、縫い合わせた。頭皮がかなりきつく張ったが何とか縫うことが出来た。ランもかいがいしく手伝った。道具を渡し、傷を押さえ、包帯を巻いた。すべての手当が終わったのは真夜中をかなりすぎた時間だった。どの男も我慢強く、麻酔なしの手当に懸命に耐えた。歯を食いしばり、うめき声は出しても叫んだりはしなかった。やせ我慢の程度はアルヴォンの山人とどっこいどっこいだなとタギは思った。タギが手当をした男達の家族がタギに礼を言った。


 手当が終わってタギは眠った。キンゲトリックの家の客間が提供された。タギとランに提供された部屋には大きな寝台があり、二人は久しぶりの寝台で死んだように眠った。身体的にも疲れていたし、上手くこの集落の住民の信用を得たという思いがタギの緊張を解かせてもいた。それでも扉のすぐ内側に荷物を置き、誰かが扉を開けると荷物が床をこすって音を出すようにしておいたのだが。

 次の日タギが目覚めたとき、外はもう明るかった。質の悪いガラスをはめ込んだ窓から日の光が差し込んでいた。眠った時間は少なかったが熟睡の後の爽快感があった。横に眠っていたランはもういなかった。タギが上体を起こすと、丁度客間の扉が開いて、ランが顔を出した。


「おはようございます、タギ」

「おはよう、ラン。よく眠れた?」


 ランがにっこり笑って返事した。ガラス越しの光を受けて髪がきらきら光った。


「はい、とっても。朝の用意が出来ているわ」


 キンゲトリックの家の食堂に大量の朝食が用意されていた。黒パンとゆでたジャガイモ、火を通したハム、絞り立てのミルクがテーブルにおいてあり、その周りに大勢の人間が座って食べていた。キンゲトリックの家族だけではなく、部下やその家族も一緒のようだった。ザンドルーの顔が見えたし、その周りにザンドルーの家族らしい若い女や小さな子供達がいて、食事をしていた。ヤードローも旺盛な食欲を発揮していた。タギが顔を出すとキンゲトリックがタギに笑いかけた。


「昨夜はご苦労だった。おまえに手当てして貰った男達は皆、具合がいいようだ。俺も足の痛みがだいぶ治まった。歩くのも楽になった。あらためて礼を言おう」

「そうか、役に立ったのなら俺も嬉しい。しかしさすがにフリンギテ族の男達だ。かなり痛かったはずなのに手当の間、誰も悲鳴を上げなかった」


 タギに誉められてキンゲトリックの口角があがった。多少は嬉しいのだろう。





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