第8話 蛮地へ 3章 黒森 8

 食事が済んでタギとヤードローはキンゲトリックの部屋に呼ばれた。丸太を切り出しただけの机と椅子が置いてあり、椅子の上には毛皮が敷いてあった。部屋にはキンゲトリック以外に二人の男がいた。ザンドルーともう一人、キンゲトリックよりかなり高齢に見える男だった。ザンドルーは立っていたが、高齢の男は椅子に座っていた。


「アエディティオだ。クルディウムの長老だ」


 キンゲトリックが高齢の男をヤードローとタギに紹介した。年齢のせいでしぼんでしまったように見える男は座ったままヤードローを見上げて言った。


「ヤードローは覚えておるぞ。久しく見なかったからとっくにくたばっているかと思っていたが、生きておったか」

「アエディティオの爺さん、あんたこそとっくにはかなくなっていると思ってたぜ、クニァの婆さんといい、あんたといい、クルディウムの村では懐かしい顔に会うもんだ」

「おまえの娘婿には村のものが世話になったそうだ。わしからも礼を言う」

「ああ、たまたまこいつの特技が役に立ったんだ。そんなつもりで連れてきたんじゃなかたんだがな」

「マギオの民とか?」


 アエディティオが声の調子を変え、難しい顔で言った。


「そうだ」


 キンゲトリックが答えた。


「マギオの民とは、思いもかけない言葉を聞くものだ。奴らは」


 アエディティオはヤードローの方を向いて言った。


「雇われて動くと聞いた。今の行動だけが例外とは考え難い。すると誰の命令でこんなことをしているのだ?」

「俺に訊いても知らねえよ。マギオの民を捕まえたんだろ?そいつらに訊いたらどうだ」


 ヤードローがキンゲトリックに言った。


「捕まえたマギオの民は死んだ」


 キンゲトリックは無表情に答えた。


「マギオの民は今、セシエ公に雇われている、というのがランディアナ王国内でのもっぱらの評判だ」


 横からタギが言った。キンゲトリックとザンドルーとアエディティオがタギの方を向いた。キンゲトリックが本当かと眼で訊いてきた。


「アルヴォンの山中にもセシエ公の手のものについて、かなりの数のマギオの民が入ってきたと聞いた。少なくとも一部のマギオの民がセシエ公に雇われているというのは確かだと思う。しかし、マギオの民が鉄砲を使うなど、聞いたことがない」


 キンゲトリックの目が光った。


「午後からアトーリへ行く。それまでにヤードローの商売を済ませて欲しい」

「おいおい、そんな短い時間で何を売れってんだ?」

「皆、今は気が立っている。ラスティーノの集落で死んだものもいるからな。時間をかけてもそんなには売れないと思うぞ。それよりはさっさとアトーリへ行った方がいいぞ」


 ヤードローは軽く舌打ちをした。


「広場に品物を広げさせてもらうぞ。とにかく売れるものだけは売っておきたいからな」


 結局売れたのは茶だけだった。身につける装飾品やきれいな布などには女達も手を出さなかった。集落全体が沈鬱な雰囲気に包まれていたからだ。どれくらいの数の死者が出たのかキンゲトリックは話さなかったが、品物を売る過程でヤードローは、五十人が出陣して帰ってきたのは二十六人だったという話を聞き込んだ。負傷しただけの兵は連れて帰ってきたとのことだから、現地で二十四人が死んだ計算になる。集落へ帰ってからもう一人死んでいるから、出陣した人数のうち実に半数が死んだことになる。集落の暗い雰囲気も理解できた。


 午後になって出発した。キンゲトリックとアエディティオは馬に乗っていた。ザンドルーとその他に若い男が二人付いてきた。彼らは徒歩だった。道が悪いため馬に乗っても速いわけではない。キンゲトリックは怪我をしていたし、アエディティオは老齢のため馬を使ったのだ。タギ達三人は馬を引いて徒歩で付いていった。

 森の中の道をかなりの早足で歩いて、暗くなる前にアトーリに入った。ランも、ちゃんと付いてくるのかとあからさまにいぶかるザンドルー達の視線をものともせず、息を弾ませもせずにアトーリに着いた。アトーリはフリンギテ族最大の集落というだけあって、黒森の中で広く木を切って町域を造り、その中に三百以上の建物があった。正門の両側には櫓を組み上げ、荒削りの木を鉄で補強した頑丈な門が閉まっていて、人々はその横にある側門から出入りしていた。側門と行っても騎乗したままで通り抜けられるほど大きな門だった。アトーリの町の周りを太い丸太の壁で囲み、大人の身長の倍以上ある壁の内側の、そのてっぺんから一ヴィドゥーほど下に人が通るための通路が設けてあった。集落の中の道は人通りも多く、活気にあふれていた。


 アトーリの集落の門を出入りする人々を見張るいく対かの眼があった。一里も離れたところの樹上からその眼は門を入っていくタギを認めていた。





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