第13話 ダングランの戦い 2章 壊滅 5

残酷な表現があります。苦手な方はご注意ください。

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 巨大獣の背に乗っているアラクノイがレーザー銃を撃ち始めたのは、ラディエヌス隊との距離が五百ヴィドゥーを切ったときだった。何十条もの青いレーザーの光条が続け様に奔り、大きな方の巨大獣の背に乗っている大口径のレーザー砲が、突撃してくるラディエヌス勢をなぎ払った。それまで上空を、ラディエヌス勢を監視するように付いてきていた翼獣からもレーザー光が降ってきた。

 ラディエヌス勢はたちまち大混乱に陥った。大口径レーザー砲に当たるともちろん、掠ってさえ、騎乗している兵士は馬もろともはじき飛ばされた。ハンドレーザーに撃たれた兵は落馬し、後に続く騎兵の蹄に踏みにじられた。落馬した兵を避けようとした騎兵はバランスを崩し、あるいは倒れた馬に躓いて倒れ、さらに後続の騎兵を混乱させた。その混乱の中でも全速で突撃していた軍を止めることはできなかった。スピードを緩めたり、横によけようとすればさらに混乱に拍車を掛けるだけだった。突撃していたラディエヌス隊はあっという間に方向も、速度もばらばらになってしまった。もはや統制の取れた軍ではなくなった。戦意をなくして隊から離れようとする兵や、スピードを緩めようとする兵、そのまま突撃をしようとする兵がぶつかった。ごしゃごしゃにかたまった騎兵はアラクノイのレーザーのいい的になった。方向を失ってかたまった騎兵をレーザー砲が横に一薙ぎすれば一撃で何十人も倒された。あちらこちらから銃声が聞こえた。届かないことが分かっていても、何かせずにはいられなかったのだ。

 それでも混乱の中から五十騎あまりの銃騎兵が飛び出してきた。ラディエヌスがその先頭にいた。常日頃ラディエヌスの側にいることが多い、ラディエヌス隊の中でも特に精強を謳われている兵達だった。彼らは叫び声を挙げ、顔を真っ赤にしながら、さらに巨大獣に向かって突進しようとした。彼らに向かって巨大獣の鞭毛がするすると伸びた。四人の兵があるいは鞭毛に巻き付かれ、あるいは体を貫かれて持ち上げられた。甲高い悲鳴が戦場に響いた。高々と持ち上げられた兵の体が、味方の騎兵に向かって投げつけられた。そしてとどめを刺すように、レーザーの光条がラディエヌス勢に対して奔った。最後まで突撃しようとしたラディエヌス勢の戦意が挫けた。もはや敵に向かっていこうとするものもなく、てんでばらばらに逃げ出した。

 ラディエヌス勢が壊滅するのに時間はかからなかった。ラディエヌス自身も累々と横たわる騎兵の死体の中に埋もれていた。落馬して踏みにじられた死体は原形をとどめていなかった。突撃の後方にいてその場で倒されなかった者は百人もいなかった。疾走する馬をかろうじて止め、信じられない思いで目の前に繰り広げられる惨劇を見た。目は恐怖に見開かれ、脂汗が顔に浮いていた。何人かの騎兵が、押しとどめられずに悲鳴を上げた。誇りも戦意も失って彼らは馬首を返した。振り返りもせずに戦場を逃げ出した。

 逃げ出したラディエヌス勢の残党を追って、巨大獣に先導されたフリンギテ族が馬を駆けさせ始めた。それまでのゆっくりした前進から全速での追跡に移った。倒れている馬や人の体を踏みにじり、跳ねとばしながらの疾走だった。追跡されていることに気づいたラディエヌス勢の残党は恐怖に顔を引きつらせて、大声で喚きながらさらに逃げていった。巨大獣とフリンギテ族はアダの村をがらくたの山に変え、逃げ遅れたラディエヌス勢の残党や小者、ダングラール伯爵勢を蹴散らしながらさらに西に進んでいった。



 アティウス、ウルバヌス、エディオは地に伏せて身を隠したまま呆然として、巨大獣、フリンギテ族の後ろ姿を見ていた。鉄砲の射程に入るどころではなかった。上空を旋回する翼獣を警戒しながら、慎重に近づいていく途中でラディエヌス勢は壊滅してしまった。乱戦になれば横から撃たれた鉄砲などに気づかないだろうという目論見も外れてしまった。アティウスもウルバヌスもラディエヌス勢に勝ち目があるとは思っていなかったが、これほど短時間であっけなく負けてしまうとも予想していなかった。

ふうっとアティウスは軽くため息をついた。


「名にし負うセシエ公の親衛隊があのざまか」


 ウルバヌスも苦い口調で付け加えた。


「しかも、親衛隊の中でも勇猛を持って鳴るラディエヌスの部下です。それがあんなにあっさりと壊滅するなんて。鉄砲を持ってくればもう少し何とかなると思っていたのですが。アラクノイのあの光の矢と巨大獣にはよほどのことがないと対抗できないのでしょう」

「少し甘く見ていたようだな。タギが何匹もの翼獣を打ち落としたし、アラクノイも倒したからな。しかし考えてみれば、タギのレーザー銃がなければ一匹もやっつけられなかったわけだ。ラスティーノでは、おまえ達も翼獣とアラクノイが出てきただけで追いつめられたし、それに巨大獣が加わればとてつもなくやっかいだな」


 たった二匹の翼獣とその背に乗ったアラクノイの所為で、ラスティーノで百人のマギオの民が全滅しかけたのだ。巨大獣のような怪物がいると知っていたらそもそもシス・ペイロスに手を出したかどうか、少なくとももっと慎重に様子を探っただろう。当面の矢面からマギオの民が身を翻したのは、彼らにとって幸運と言うしかなかった。逆にダングラール伯爵、セシエ公とその部下にとっては不運だった。

 三人とも立ち上がって遠く去っていく巨大獣の高くのばされた首を見ていた。巨大獣の上には何匹もの翼獣が旋回していた。もう向こうからは気づかれない距離になっていた。次の行動を起こさなければならなかったが、巨大獣と翼獣から目を離せなかった。


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