第13話 ダングランの戦い 2章 壊滅 4

 翼獣の背に乗ったアラクノイの手から何条もの青い光が迸った。何発もの銃声が聞こえた。青い光に撃たれて何人もの兵士がはじかれたように倒れた。鉄砲を構えたラディエヌス勢も、逃げて木や家の陰に隠れた伯爵勢も、アラクノイは区別しなかった。ひとしきり兵士たちを掃射すると、翼獣は再び次々と上空へ舞い戻った。一匹の翼獣を何十丁もの鉄砲が狙ったが、翼獣やアラクノイに当たった弾はなかった。大体は遠すぎたし、翼獣の動きについて行けなかったのだ。ラディエヌスも鉄砲を撃ったが当たらなかった。

 二度、三度と翼獣が降下して、地面を掃射するうちに、倒れる兵士がどんどん増えていった。ラディエヌスの兵ももう逃げ腰だった。

また悲鳴が上がった。


「新手だーっ!巨大獣が来たぞ!」


 兵士たちは驚愕に目を見開いて、東のほうをみた。まだかなり遠いはずなのに、長い首を伸ばした巨大獣が見えた。頭をゆらゆら揺らしながら、巨大獣は近づいてきていた。兵士たちの目に明らかな恐怖が浮かんだ。

 腰の砕けた兵士たちをラディエヌスが叱責した。


「翼獣にかまうな!巨大獣を迎え撃つぞ!馬に乗れ!」


 これまで何度も苦しい戦いを勝利させてきた指揮官の大声に、兵士たちはもう一度背筋を伸ばした。村はずれに繋いである馬のほうへ駆け始めた。もう一度降下してきた翼獣の背から奔った青い光に撃たれてまた何人かの兵士が倒れたが、ラディエヌス指揮の親衛隊は次々に騎乗して鉄砲を構えた。さすがにラディエヌスの威令が行き渡っている兵たちだった。ラディエヌスが今度は馬上から叫んだ。


「百五十まで近づいて射て!射った後、第一中隊、第三中隊は右へ、第二中隊、第四中隊は左へ流れろ、あんなでかい的だ、外す心配はない!全員が射ち終ったら突っ込むぞ!」

「おう!」


 ラディエヌスの激に兵士たちが答えた。中隊ごとに整列して全速で巨大獣めがけて走り出した。全部で九百余りの銃騎兵だった。ラディエヌスも突撃する兵士たちの中ほどに位置を占めて馬を駆っていた。見事な隊形と疾走だった。空からまた青い光が降ってきて落馬する兵士もいたが、ラディエヌス勢はまっしぐらに巨大獣めがけて突撃した。



 マギオの民はアダの村から少し離れた雑木林の陰から、その様子を窺っていた。昨夜彼らはダングランの町に忍び込み、フリンギテ族を襲撃した。アラクノイは彼らが本拠にしている建物から出てこず、マギオの民が襲ったのは町を巡回していた見張りだった。四人を殺し、三人を傷つけた。呼子を聞いて駆けつけたフリンギテ族から逃げる時に一人の民がやられたが、まずは十分な戦果だった。

 そして今日の事態だった。昨夜の襲撃がフリンギテ族、アラクノイの出撃を促したことは間違いなかった。いきなり全力での攻撃はさすがに予想してはいなかったが。

 ラディエヌスの軍が騎乗して巨大獣めがけて突撃に移った時、アティウス立ち上がった。


「アティウス様?」


 どうするつもりなのかというように、そばに控えていたウルバヌスが、訊いた。


「やつらの注意がラディエヌス勢の方へ向いている。うまくいけば気づかれずに射程内に入れるぞ。一匹でも二匹でもアラクノイを倒せれば上出来だ」


 アティウスが手に持った鉄砲を示しながら答えた。


「二、三人付いてこい!」


 ウルバヌスも鉄砲を持って立ち上がった。続けて四、五人の男たちが立ち上がったが、ウルバヌスが制した。


「エディオだけにしろ、空からも見られているから大勢では気づかれる」


 小柄な若い男を残して、他のマギオの民の男たちはもう一度身を伏せた。アティウスとウルバヌスを除けば、この中で一番気配を消すのがうまい男だった。

 三人のマギオの民は巧みに遮蔽物を利用しながら、巨大獣を中心にかたまって戦いに備えている、フリンギテ族、アラクノイの方へ近づいていった。



 ラディエヌス勢は全速で突撃していた。先頭に立った兵士は目をつり上げ、夢中で戦の神、マールズへの祈りを喚いていた。


「マールズの三叉の矛にかけて、とがった爪にかけて、ええい、くそ!忌々しい怪物め!」


 それに続く兵士達も内心の怖れを懸命に押し殺して前を駆ける騎兵に付いていった。彼らは精兵揃いといわれるセシエ公の親衛隊の中でも特に精強を謳われているラディエヌス隊の、しかもその選抜兵だった。意地でも恐怖を表に表すことなどできなかった。

 間近に見る巨大獣は、彼らにとって悪夢の中の生き物だった。ゆらゆらゆれる長い首も、その前で振り回す前肢も、頭部に突き出た幾本もの角のようなものも、我慢できないほど異質な感じが強かった。巨大獣や翼獣、それを操るアラクノイに比べれば、その横にいるフリンギテ族はまるで、遠い異国で久しぶりに会った同郷の人間のようだった。そういうわけのわかった相手だったらどんなに良かったかというのが、口には出さなかったが突撃する銃騎兵の共通の思いだった。




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