第13話 ダングランの戦い 2章 壊滅 3

 騎射は易しい技ではない。馬上の、上下動の激しいポジションで狙いを付けるのも難しかったし、反動の大きい鉄砲では撃ったとたんに馬から転げ落ちることにもなりかねない。それに騎乗したままでは先込めの鉄砲は弾を込めることができない。一発撃っておしまいだった。それが、アティウスが騎射を、マギオの民の鉄砲技に入れなかった理由だった。


「ふん、するとラディエヌスは野戦をやりたいわけだな」

「そうだろうと思います。なんとかアラクノイとフリンギテ族をダングランから誘い出して、と考えているでしょう」

「手伝ってやるか」


 アティウスがいたずらっぽく笑いながら言った。一見邪気がなさそうに見えながら、誰かがつられて笑うような、そんな笑いではなかった。

 一体どうするのかというように、ウルバヌスやカシアス、その他のマギオの民がアティウスを見た。


「ダングランは住民が全部逃げ出して、町の中にいるのはフリンギテのやつらと、アラクノイ、巨大獣、翼獣だけだということだな?」

「その通りです。普通、住民というのは、支配者が変わってもそのままの暮らしを続けることを望むものですが、さすがに巨大獣やアラクノイの近くで暮らしたいと思う人間はいないようです」


 カシアスの答だった。


「フリンギテ族だけで町の城壁を全部監視するのは無理だろう。当然穴があちこちにあるわけだ。マギオの民なら簡単にくぐれる穴が」

「はい」


マギオの民の全員が頷いていた。


「その穴をくぐって町に入って、そうだな、アラクノイを始末できれば一番いいが、フリンギテ族でもいい、襲え。それほど効果がなくても、町中まちなかで襲われれば新たに来た軍勢の仕業と思うだろう。踏みつぶしてやろう思って出てくるのではないか」

「それは、確かに・・」

「やれ」


 アティウスが簡潔に命じた。マギオの民は軽く頭を下げてアティウスの前から下がっていった。ウルバヌスだけがアティウスの側に残った。アティウスもウルバヌスも、ラディエヌスの隊を犠牲にして、ことの重大さをセシエ公に知らせることを考えていた。アティウスは当然の戦略として、ウルバヌスはいくらかの心の痛みを持って。




 次の日、翼獣の活動が活発になった。それまでもほとんど間断なくアダの村の上空を警戒するように舞っていたが、日が昇り始めてからそれが複数になり、三匹になった。当然にアダの村に駐屯するダングラール伯爵勢、ラディエヌス勢は警戒を強めた。村の門を入ったところの広場に大勢の兵士たちが待機した。


「あれが翼獣か」


 報せを受けて、自分に割り当てられた家からのそりと外へ出て、上空を見上げたラディエヌスが呟いた。昨日見たよりもずいぶん近くを飛んでいる。


「何とも言い様のない、不格好な獣ですな」


 ラディエヌスの側に控えていた第一中隊長のカナビウスが相づちを打った。ラディエヌスの周りの護衛兵も鉄砲を手に持って上空を見つめていた。


「あの背中にアラクノイが乗っているということだが」

「確かに人間のような影が背中に見えます。あれがアラクノイでしょうか?」


 カナビウスが手をかざし、目を細めて翼獣を見ながら言った。


「もっと来るぞ!」


 ラディエヌスの護衛兵の一人が東の空をさして叫んだ。男の指差すほうにさらに三匹、翼獣が飛んでくるのが見えた。ざわざわとアダの村中がざわめいた。大勢の兵士たちが、伯爵勢もラディエヌス勢も、それぞれに武器を握り締めて、東の空を見つめていた。伯爵勢の兵士たちの表情に恐怖があった。何度も闘って、翼獣の背に乗ったアラクノイが撃つ光の矢の威力を思い知らされていたからだ。臨時に動員されただけの雑兵の中には逃げ出す者もいた。手も足も出ない敵が増えていくのを見るのは、職業兵ではない彼らには耐えられなかった。武器を放り出して身軽になって、一目散にアダの村から西のほうへ駆けていった。それを見て制止の声を掛ける将校も少なかった。


 アダの村の上空を舞う六匹の翼獣は壮観だった。長い尾がゆらゆらと揺れている。牙をむいて吼える声が聞こえた。意外に甲高い声が空から降ってきた。何発もの銃声がしたが、翼獣が鉄砲の射程に入っていることを確かめて撃った兵はほとんどいなかった。当然のように翼獣に回避行動を取らせた銃弾は一つもなかった。


「無駄弾を撃つな!」


 ラディエヌスが鋭く命令した。すぐにあちこちから、その命令を隅々にまで行き届かせるため同じ事を叫ぶ声が聞こえた。銃声はやみ、鉄砲を撃った兵士たちはあわてて次の弾を装填しはじめた。

 悠然と空を舞っていた翼獣がいきなり降下を始めた。てんでばらばらに、しかし六匹とも地表に屯している兵士たちをめがけて急降下してきた。伯爵勢の兵士たちは逃げ出した。ラディエヌス勢の兵士たちはそれでも踏みとどまり、降下してくる翼獣に向かって鉄砲を構え、迎撃の体勢をとった。








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