第13話 ダングランの戦い 2章 壊滅 2

 村長むらおさの館が本陣になっていて、ダングラール伯爵が逗留していた。小さな村の村長の館ではダングランの居城とは比べるべくもなかったが、精一杯に居心地よくしてあった。その館の奥でダングラール伯爵がラディエヌスを迎えた。

 ダングラール伯爵は髪に白いものが混じり始めた五十過ぎの男だったが、今は無精髭の手入れも行き届かず、眼の下に隈を作ってやつれた顔をしていた。薄汚れてきた服を着替える余裕さえなくなっていた。ラディエヌスを迎えて立ち上がった姿にも、力がなかった。伯爵の周りに同じように疲れた顔をした重臣たちが三人、控えていた。彼らはかろうじて立っていたが、伯爵の許しがあればそのまま倒れてしまいそうに見えた。ラディエヌスはダングラール伯爵に向かって片膝をつき、丁寧に頭を下げた。付き添ってきた中隊長達もラディエヌスに従った。謁見の部屋の中でラディエヌス達だけが精気を放っていた。


「セシエ公が配下でラディエヌスと申します。此度は伯爵様のご災難に対してお力添えをせよと申しつかって参りました」


 丁寧に挨拶をするラディエヌスにダングラール伯爵は抱きつかんばかりだった。


「おお、よくぞ参ってくれた。やつらはとんでもない怪物だ。是非セシエ公のお力をお借りしたい。いや、セシエ公さえ力添えしていただければ、あのような者ども、河の向こうに蹴り出してくれる!」

「御意」


 ダングラール伯爵は落ちつかなげにきょろきょろと辺りを見回した。ラディエヌスが率いてきた軍勢の一部なりとも顔を見せてはいないか、あるいは援軍に関する情報を伝える家来がいないか確かめたかったのだ。村長の館の中にはラディエヌスと四人の中隊長達しか入ってこなかったし、伯爵に耳打ちする家来もいなかった。それで伯爵は直接ラディエヌスに聞くしかなかった。


「して、どれほどの援軍をセシエ公は送ってくださったのかな?」

「公の親衛隊から選抜した千名の兵を率いて参りました。銃の扱いに長けた兵ばかりでございます」

「千?たったの千!そんな数の兵なら我が領地で十分に調達できる!」


 ダングラール伯爵は思わず大声を出した。ここしばらくの心労が身につけた礼儀を忘れさせていた。伯爵は何回か攻撃を仕掛けて、その度に撃退され、損害は既に千を大きく超えていた。王国の中で最大の勢力を誇るセシエ公からの援軍がその数にも足りないと知って、思わず出した大声を恥じる余裕もなくなっていた。ラディエヌスはその大声にひるむ気配もなく、たしなめるように反論した。


「千の兵が千丁の鉄砲を持ってきております。三百に足りぬ敵など何ほどのことがありましょう」


 身分は伯爵の方が上だった。ラディエヌスはセシエ公の陪臣にすぎない。しかし、ラディエヌスはセシエ公の力を背景にしている。事実上の力関係ではどちらが主導権を取るか、考えるまでもなかった。その口調にダングラール伯爵は自分の言い過ぎに気づいた。不満と不安は消えなかったが、一応ラディエヌスを立てる言葉を口にした。


「た、確かにそうだな。セシエ公のは手勢は鉄砲の扱いになれていると言う。我らとは違う戦を見せてくれるであろう。ラディエヌス、頼みにしておるぞ」

「必ずや伯爵様のご期待に沿うでありましょう」


 再び下げた頭で隠れた表情は、田舎伯爵に対する侮蔑の笑みを浮かべていた。




 アティウスとウルバヌスは、ダングラール伯爵勢と合流してアダの村へ入っていくラディエヌスの軍を、遠くから見ていた。背後にダングランを監視していたマギオの民が控えていた。ラディエヌス勢の方からでは、巧みに木立の間に身を隠しているマギオの民の姿を認めることはできなかっただろう。


「千の兵、その全員が鉄砲を持っている。どう思う、カシアス?あれでアラクノイや巨大獣、翼獣に太刀打ちできるかな?」


 アティウスが、ダングランの監視をしていた民のリーダー格のカシアスに訊いた。カシアスは、里に戻ったウルバヌスの報告を聞いて、ガレアヌスがダングランの様子を見届けるように命じた男だった。だから最初のダングラール伯爵勢とアラクノイ、フリンギテ族の戦いは見ていなかったが、その後の衝突は間近に見ていた。それを見た上での考えを述べた。


「セシエ公の軍はダングラール伯爵勢より鉄砲の使い方に慣れておりますが、まずは難しいと思います。鉄砲の射程に入る前にアラクノイの光の矢にやられてしまうでしょう。射程が全く違いますから」


 実もふたもない言い方だった。


「あれはラディエヌスの隊です。セシエ公の親衛隊の中で最も騎射を得意とする連中がそろっています。馬で距離を詰めて鉄砲を撃つつもりでしょう」


 ウルバヌスがアティウスに対して注釈した。ウルバヌスはセシエ公の元にいた時間が他のマギオの民より長かった分だけ、セシエ公の配下のことについても詳しかった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る