第13話 ダングランの戦い 2章 壊滅 6

「市街戦に持ち込めと忠告したぞ。聞いてなかったのか?」


 いきなり後ろから声を掛けられてアティウスとウルバヌスは体を硬くした。マギオの民の中でも、もっとも感覚の鋭敏な二人が、その気配に全く気づいていなかった。エディオが剣を抜いて振り向こうとしたのをウルバヌスが押さえた。それからアティウスとウルバヌスはゆっくりと振り向いた。目の前に見慣れた顔があった。五ヴィドゥーも離れてはいなかった。

 タギは腕を組んで鋭い目で三人を見つめていた。


「千人足らずで野戦をやって、レーザー銃とレーザー砲に太刀打ちできるとでも思っていたのか?鉄砲を射程内で撃てた騎兵など一人もいなかったぞ」


 あきれたものだという思いをあからさまに口調に出してタギが言った。


「ずっと見ていたのですか?」


 アティウスがやっと肩の力を抜いて訊いた。これほど鮮やかに後ろを取られたのは初めてだった。いくらアラクノイや巨大獣に気を取られていたとはいえ、タギの気配の消し方はマギオの民の水準を超えていた。


「あれはセシエ公の軍ですから、我々が指図することはできないのですよ」

「セシエ公の懐深く入っているんだろう、マギオの民は。それでも説得できないのか?」


 タギの口調に意外そうな思いが混じった。


「セシエ公も我々の言うことばかり聞いているわけにはいかないのですよ。セシエ公の部下達が皆我々に好意的な訳ではありませんからね」


 アティウスが肩をすくめながら答えた。エディオが自分たちの支配階級に属する人間に乱暴な口をきく見知らぬ男と、それに怒りもせずに答えているアティウスをびっくりしたような目で見ていた。肩がぴくぴく上下して、右手の指が動いている。ウルバヌスに止められていなければ斬りかかっていただろう。


「ウルバヌス様?」


 このままでいいのかという意味を込めて、そう訊いた。ウルバヌスは首を振って口を挟むなと指示した。タギがため息をつきながら言葉を継いだ。


「なんとしてでも納得させるのだな。こんな戦闘を繰り返していたら、セシエ公の軍といえどもすり潰されるだけだぞ」

「そうしますよ、その材料ができましたからね」


 アティウスがその先に累々と転がっている、ラディエヌス勢の死体を指しながら言った。ラディエヌス勢が手も足も出ず壊滅したことを知れば、セシエ公も、その部下達もマギオの民の言うことに耳を傾けざるを得ないだろう。もっとも、それもうまくいかなければ口を極めて非難するだろうが、少なくともファッロは。

 タギが言葉を続けた。


「やつらはランドベリまで行くつもりだぞ。ダングランを略奪して味をしめたからな。手当たり次第にランディアナ王国の町を荒らして、もっとたくさんの略奪をして、できれば定期的に貢ぎ物を持ってこさせるようにしたいと主張する者がいる」


 やはりタギはダングランの町中に忍び込んで、フリンギテ族の様子を探っていたのだ。あわよくば一匹でも二匹でもアラクノイを殺すつもりだったのだろう。タギの言葉からそれだけのことをアティウスとウルバヌスは推測した。

 言うだけのことを言うとタギは三人に背を向けた。そのまま足早に三人の前から遠ざかった。平気で後ろ姿を見せることに唖然とし、ついで憤然としたエディオが手に持った鉄砲を胸のところまで上げたとたん、タギが振り返った。エディオの行動を目の前で見ていたようなタイミングの良さだった。タギに見つめられて、エディオの動きが止まった。


「止めとけ、おまえでは私の相手にはならない」


 タギの言葉に憤然としてエディオが鉄砲を構えようとした。ウルバヌスが横からエディオの手を押さえた。


「止めろ、あいつはアラクノイより危険だ」


 その声が聞こえたように、タギはにっこり笑うとまた三人に背を向けて、そのまま走り去った。


「あいつは何者なのです?あんな口の利き方を許しておいていいのですか!」


 エディオが憤然として声を上げたが、アティウスとウルバヌスは相手にしなかった。アティウスとウルバヌスは顔を見合わせて、


「ウルバヌス」

「はい」

「おまえは気づいたか?」


 タギの気配に気づいたかという意味だった。マギオの民の中で一番鋭敏な感覚を持っているアティウスとウルバヌスでさえ気づかぬうちに、あれほどの接近を許してしまった。信じられないことだった。


「いいえ」

「あのタギというやつ、アラクノイと巨大獣よりよほど危険かもしれないな」

「はい」

「私とおまえがそろっていて、あの近さに来るまで気づかなかったなんて・・・」


 アティウスの顔に苦笑とも、怒りとも付かない表情が浮かんでいた。その表情を見ながらウルバヌスはアティウスの心にどんな思いがあるのか考えていた。



 タギは、ダングラール伯爵とアラクノイの戦いにあえて介入せずに見ていた。鉄砲がどの程度効果があるのか、戦闘獣とアラクノイを前にしてこの世界の兵達がどれほど戦えるのか知りたかったからだ。特に巨大獣がやっかいだった。タギの持つハンドレーザーでは感覚柄を潰すことはできてもそれ以上のことはできない。感覚柄を潰しても側にアラクノイがいればアラクノイ経由で外部情報を知ることができるようだ。致命傷を与えることがタギ一人ではできない。セシエ公の手勢でもマギオの民でもいい、多人数で掛かって、巨大獣を倒すことができる何らかの方法を見つけなければならない。








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