第14話 翼獣襲来 1
東の空に浮かんだ小さな点のようなものを最初に見つけたのは、ランドベリを囲む市城壁に設けられた望楼に詰めていた見張りの兵だった。その兵はまだよく見えない小さな点を、眼を細めてじっと見つめた。そして見ているものが幻ではなく、本当に存在するのだと確信してから、望楼の階下に設けてある詰め所に向かって叫んだ。
「おい!上がってこい、変なものが見えるぞ!」
そのときには点は三つに増えていた。二人の兵が望楼に上がってきた。
「変なものとは一体なんだ?」
「見てみろ、あそこだ」
見張りについていた兵が指さす方を見て、上がってきた二人の兵も三つの点を認めた。それは真っ直ぐにランドベリめがけて近づいていた。
「鳥か?」
「いや、違う、あんな大きな鳥などいない」
その点までの距離を考えれば鳥より遙かに大きなものだった。
「ひょっとして?」
「ひょっとして、何だ?」
「翼獣じゃないか?」
「何だと!」
三人とももう一度その三つの、空に浮かんでいるものを見た。背中に羽ばたきが見えるような気がした。
「まさか・・・」
兵達はセシエ公の手の者だった。ラディエヌスに率いられてダングランへ向かった親衛隊が全滅したという話はもう下級の兵達にも知られていた。わずかな数だったがランドベリまで逃げ帰ってきた者もいたし、惨めな姿で帰ってきた敗残の兵を見たものも多かったのだ。そしてその敗残兵達と、ラディエヌス隊とアラクノイの戦いを見ていたマギオの民の報告によって、アラクノイが使う兵器と、アラクノイの戦闘獣―巨大獣と翼獣―の話が伝えられ、あっという間に兵の間に広まった。信じられない、信じたくないという思いはあってもその情報は無視できるものではなかった。噂をささやき合う内に、怪物達やアラクノイが使う武器についての恐怖が兵達の間に育っていた。
「す、すぐに報告するのだ!」
三人の中で一番上級の兵が命じた。ぐんぐん大きくなる飛ぶものの姿は、彼らが聞いていた翼獣の姿にそっくりだった。一匹の翼獣の背に二匹のアラクノイが乗っているのも見えた。あわてて一人が望楼を駆け下りていって、下に繋いであった馬にまたがると、人通りの多い道にもかかわらず全速でセシエ公の館の方へ駆けていった。危うく馬に跳ねとばされそうになった通行人が大声で文句を言うのも聞こえないくらい、懸命に馬を走らせた。
報せを聞いてセシエ公の館は急に騒がしくなった。館に隣接した兵舎から大勢の兵士達が武装して駆けだしてきて、館の中庭に集合し、あるいは徒歩で、あるいは騎馬で次々に隊列を組んで出て行った。それを統括するようにセシエ公が中庭に張り出したバルコニーに立って見ていた。上下真っ黒の鎧を身につけていた。微動もせずに立っているセシエ公の前で、ファッロが中庭で次々に命令を下し、警備の体制を整えていった。さすがに訓練された男達で、混乱もなく速やかにそれぞれに割り当てられた部署についた。
ランドベリの市城壁や、王宮の城壁に配置された兵士達からはもうはっきりと翼獣が見えた。長い尾を後ろに引き、その背にアラクノイを乗せ、悠然と羽ばたきながら、どんどん近づいてきていた。アラクノイの長い手が自分たちの方を向いているのも見えた。
「構え!」
大声で命令が出され、市城壁に配置された兵が一斉に鉄砲を構えた。訓練通りの見事な構えだった。しかし初めて見る翼獣に多くの兵が目を見開いていた。あれが、ラディエヌスの隊をさんざんにやっつけたやつらなのだという怖れと、初めて見る翼獣の姿の奇怪さに冷や汗をかき、力一杯握りしめた鉄砲の銃身が滑った。それでも号令に従って、鉄砲を翼獣に向けた。
「射て!」
一斉に鉄砲が火を噴いたが、しかし、遠すぎた。号令を掛ける将校も決して落ち着いてはいなかったのだ。空を飛ぶものに対する距離の推測に慣れていなかったし、恐怖心が翼獣までの距離を短く感じさせていた。
鉄砲を射かけられて、翼獣は高度を上げた。そしてはるか上空から、アラクノイがレーザーを撃ってきた。狙いは正確ではなかったが、何条も続けて降ってくるレーザーに撃たれて数人の兵が死傷した。兵達の我慢の限界だった。悲鳴を上げて胸壁に隠れ、身を小さくして頭を抱えた。
「何をしている!次の弾を込めろ!」
将校が大声で叫んだが、将校自身も腰が引けていた。兵とは違うという自負が懸命にやせ我慢をさせていたが、それもレーザーの光条が肩を撃ち抜くまでだった。焼け付くような痛みを覚えた将校はぺたんと座り込んだ。立ち上がろうとして立ち上がれず、いざって胸壁に隠れた。
三匹の翼獣はゆうゆうと市城壁を越えて市の上空に達した。
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