インテルメッツォ 1-2
“敵”にとって市街戦はもう掃討戦の段階に入っていた。たくさんの市民がまだ隠れているだろう。でも組織的な抵抗はできない。探し出されて殺されていくだけだった。“敵”は捕虜をとらない。捕虜にもならない。人間は無抵抗に殺されるか、抵抗しながら殺されるかの選択しかできなかった。
階段を下りてまた路地を拾う。小さな四つ辻に二十人ほどがひとかたまりになって殺されていた。ほんの数人が武器を持っていた。多少は組織的な抵抗をしようと試みたのだろう、武器を持っている人々はひとかたまりになっていた。タギはハンドレーザーを拾ったが、どのハンドレーザーのマガジンのエネルギーレベルも空だった。ルキアは懸命に泣き声をあげまいと唇を噛み締めていた。二人のたどる道のあちらこちらに一人、二人と倒れていて、切れ目がなかった。
官庁街をどうにか抜けて住宅街に入った。官庁街に比べると背の低い建物が間隔を置いて建てられている。一つの建物が十戸から二十戸くらいの集合住宅だった。木造の建物が多いせいで火の勢いは遙かに強かった。次々に住宅が火に包まれていく。ビルの密集した官庁街ほど隠れる場所が多くなかった。見通しがよく、木の陰、塀の陰に隠れてもどこから見られているか分からなかった。
「ここ、ヴァレリアの家だわ」
ルキアが、通り過ぎようとした一軒の建物を指さして言った。ヴァレリアはルキアの仲のいい友達でよく行き来していた。タギもヴァレリアの顔を知っていた。ルキアが建物の方へ走り出した。タギが止める暇もなかった。外階段を上ってヴァレリアの家のドアをたたいた。
「ヴァレリア、ヴァレリア!私よ、ルキアよ!開けて!」
返答はなくドアには鍵がかかっていた。後からついて行ったタギが鍵穴に細い針金を差し込んだ。数回針金を回すと鍵はあっけなく開いた。ルキアが、続いてタギがドアの中に入っていった。家の中はきちんと片づいていた。
「ヴァレリア!」
ルキアの声に答えはなかった。
しばらく玄関で逡巡していたが、ルキアとタギは家へ上がり込んだ。玄関に近い部屋から見ていってヴァレリアの部屋を開けたとき、ルキアは息をのんだ。ヴァレリアが自分のベッドに横たわっていた。その横に寄り添うようにヴァレリアの母親が倒れていた。ヴァレリアにはきちんと毛布が掛けてあり、母親は横からかばうように片手をヴァレリアに回していた。二人とももう息をしていなかった。市の陥落が決定的になったときに配られた薬を使ったのだろう。“敵”を出し抜いたのだ。同じようにして市の中でどれほどの数の人が死んでいるだろう。ルキアが横たわっているヴァレリアに取りすがった。悲鳴のような声が上がる。
「ヴァレリア!ヴァレリア!」
ふっと気づくと周りが火に包まれていた。信じられなかった。ごく短時間しか経ってないはずだった。ヴァレリアの家に入ったとき、まだこの建物には火は回っていなかった。
「ルキア!」
一瞬、ルキアから目を外して周囲を見回した。ぐるりと火に囲まれていた。慌てて目を戻すとルキアの姿が見えなかった。
「ルキア!」
ヴァレリアもヴァレリアの母親の姿も、部屋の壁さえ見えなかった。ぐるっと火に囲まれていて、その火の壁が一カ所だけ切れていた。その奥にも火のない通路が続いているようで思わずそちらへ数歩踏み出すと、もう今まで立っていたところは火に包まれていた。
「ルキア、どこにいる?返事をして!」
タギの声は悲鳴だったが、答える声はなかった。周囲を取り囲んでいる火にあおられるように、火の切れ目に追い込まれた。誘うように切れ目が続いている。そちらへ少しでも進むと後ろからはもう火が迫っている。
「ルキア!」
どうして手を離してしまったんだろう。どうして見失ってしまったんだろう。街から逃げ出すことはできなくても、助けることはできなくても、最後まで一緒にいるつもりだったのに。たった一人残った身内-父の妹の子供-だったのだ。タギはほとんど泣きながら、火の壁の中にできた一筋の通路をどこまでも走っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます