第18話 王都争乱 3章 王女暗躍 3
ゴダバイン王はランディアナ王国の最後の(男)王だった。主流ではなかったため大貴族の支持を当てにして継承戦争を起こし、勝利した。それが王国の政治の主導権が王室から貴族連合に移るきっかけとなった。二十年にわたるその治世は概ね平穏に過ぎたが、男児の跡継ぎに恵まれなかった。正室、側室に三男四女をもうけたが十歳を超えたのはいずれも妾腹の、しかも母の違う二女と四女だけだった。跡継ぎを廻ってまた一悶着有り、大貴族の動向によって二女が女王となった。王国の運営に大貴族の意向がますます大きく関与するようになり、王室の権威がさらにそがれた。王国が乱れた直接の原因でもある。その後も継承者は女子ばかりが続き、今のフィオレンティーナ女王がゴダバイン王から五代目、女王が続くようになってから四代目にあたる。
「九十年間、誰にも知られずにいたとおっしゃるのですか?ではなぜセルフィオーナ様がご存じなのです?」
王女は苦笑したようにみえた。そして周囲を眺めた。雨は少し小降りになっているようだった。もう一度サンディーヌに顔を向けて、
「古い王宮には必ずあんなものがあるはずだと思ったのよ。そのつもりで見てみると不自然に壁が厚いところがいくつもあることにも気づいたし。探ってみたら案の定ってところ」
サンディーヌは目を丸くしていた。
「お一人で見つけられたんですか?」
サンディーヌの質問は矢継ぎ早だった。こんなに次々に質問することが非礼に当たるのではないかという考えもサンディーヌの頭には浮かばなかった。
「もちろんよ。本当は誰にも教えないつもりだったの。おまえに知られたのは不本意だったわ」
「一体いつ頃から、ご存じだったんですか?中のこともよくご存じのようでしたし」
迷いもせずに通路をたどって、港の近くの出口まで来たのだ。道順を知っていなければとてもできることではない。王女はこの問いには直接には答えなかった。その代わり、
「私があの部屋をもらったのは、あそこに出入り口があったからよ」
セルフィオーナ王女が今の部屋に移ったのは十二歳のときだった。そのとき侍女達は首をひねった。もっと条件がいい部屋が、内宮の中心部に近く、庭に面して景色のいい、もっと大きくて使い勝手の良い部屋が最初に与えられたのを、王女自身の意志で変更されたのだ。王女が一度言い出すと、外からはどんな根拠のないように思えることでも決して譲らないことがあるのは、それまでにもたびたびあったことだった。理由など言わず、強硬に自分の言い分を繰り返すのだ。女王は不機嫌な表情をあからさまにしながらでも、最後には王女の言い分を聞いた。
「通路を使えば自由に城外に出られるの、一人で」
サンディーヌには言わなかったが外に出られるだけではない。壁の中を廻らされた通路は重要ないくつかの部屋に通じていて、そんな部屋には必ず覗き穴があるのだ。通路への出入り口のある部屋もいくつかあった。通路を熟知している王女にとっては、内宮にいる人々のプライバシーのかなりの部分を知ることができた。
「そんなにたびたび外へ出られたのですか?」
王女の生活など不自由なものだ。一人でいる時間など、ほとんど無い。ランド王家のように実質的な権限がほとんど無くなって、飾り物に過ぎなくなった場合でも、名目的な行事は目白押しだった。その中でどうやって外へ行く時間を工夫していたのだろう。
「頭痛を口実にしてね」
サンディーヌは納得したかのように瞬きして何回か頷いた。王女の頭痛は有名だった。そして頭痛を訴えるときには非常に不機嫌になることも。誰にも会いたくないと言って一日中、いや二日、三日部屋にこもることもあった。そんなときは中から鍵をかけてしまって、誰が行ってもドアを開けなかった。多くても月に一、二回ではあったが、そんなことが度重なると、周りは受け入れてしまう。また例の頭痛よ、と侍女の間でも、高官、果ては女王にさえ、セルフィオーナ王女が頭痛を訴えているときは放っておくしかないと思われていた。そのようにし向けておいて、外へ出る時間を作っていたわけだ。
サンディーヌはいくらかの畏れを持って王女を見つめた。十二歳であの部屋を自分のものにしたときにはもう壁の中の通路のことを知っていたのだから、最初に知ったときは十か十一か、とにかく普通の子供であればまだほとんどのことは大人にやってもらう年齢のはずだ。それを大人に何も知らせないまま自分一人でこんなことをやってしまい、始終側にいる侍女にさえ悟らせないというのはとても子供の仕業とは思えなかった。確かに王女は小さい頃からひどく大人びた少女で、初めて侍女として仕えたときにもびっくりしたことを覚えている。自分より十歳近く若いのに、まるで自分の方がずっと年下のような気分にさせられたことも何度もあった。
「でも、とにかくサンディーヌも知ってしまったのだから、これからは私に協力してもらうわよ。考えてみればその方が私も楽かもしれないわね」
王女に言われて、サンディーヌはごく自然に肯っていた。
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