第18話 王都争乱 3章 王女暗躍 4
王女がまた空を見上げた。
「雨がすこし小降りになってきたかしら」
サンディーヌの目にも小降りになってきたように見えた。
「どこかに行かれるおつもりですか?」
「もちろんよ、カリキウスの手勢に襲われてアンタール・フィリップ様がどうなったか確かめないわけにはいかないわ」
「でも、いったいなぜ、カリキウス様がセシエ公を襲うのですか?その上セルフィオーナ様まで」
「正確なところは私にも分からないわ。でも実際にやったのよ、大事なのはそのこと」
「もしかして陛下がお命じになったなんてことは・・・」
「もしそうだったら致命的ね。アンタール・フィリップ様が、上手く逃げ切れていらっしゃればの話だけれど、ランド王家も無事では済まないわね。でもたぶん陛下は無関係だわ」
王女は昨日までのフィオレンティーナ女王の態度を思い出していた。特に何か変わった様子はなかった。女王はどちらかと言えば気が小さい。こんな陰謀に加担していて何食わぬ顔を続けることができるか疑わしかった。
「でも問題はアンタール・フィリップ様がそれを信じるかどうかね。それと陛下は無関係とした方が都合がいいと考えるかどうかだわね」
最後はつぶやき声になった。王国の実質的な支配権を失ってからゆっくりと衰退していく王室は、それなりに安定した心地よいまどろみの中にいた。フィオレンティーナ女王が現状に対してどんな思いを持っているかに関わりなく、王宮にいる人々にとっても、また王国の人々にとってもそうだった。そのまどろみをセシエ公の存在が裏打ちしていた。セシエ公は形ばかりとはいえ王室を立てていたし、それなりの王室費が入るように配慮してくれていた。王国自体は王室の衰退とは別のモーメントで動いており、王室はそのダイナミズムから離れたところに祭り上げられて、それ故に平穏だった。それが大きく変わろうとしていることを王女は感じていた。
昼近くになって雨はほとんど上がった。セルフィオーナ王女とサンディーヌは雨宿りしていた岩陰から出た。足下の悪い道をたどりながら港の方へ歩いて行った。港に近づくと王宮からセシエ公の館、北門にかけての騒ぎに、その中心からかなり外れているそのあたりも何となくざわめいているのに気付いた。いつもなら忙しく荷を運んでいるはずの人々が何人かずつの固まりに別れ、深刻そうな顔を寄せ合って小声で話をしていた。そういった人々の固まりの側を何食わぬ顔をして、そのくせ漏れてくる話し声を聞き逃さないように耳をそばだてて、二人は急ぐでもなく通り過ぎた。
セルフィオーナ王女がサンディーヌを連れて入っていったのは、倉庫や事務所が建ち並ぶ一角にある酒場を兼ねた飯屋だった。波止場人足達がたむろする所より少し高級で、主に商店の手代や人足の監督をする立場にあるような男達がよく来る店だった。王女は慣れた様子でドアを開けて中に入り、あちらこちらで固まりになってひそひそ話をしている男達の間を抜けて、奥のカウンター席に座った。サンディーヌも続けて王女の横に座った。ここに来るまでにそうするように王女に指示されていたからだ。そうでなければ着席した王女の後ろに控えて立っていただろう。ほかの人たちがいる場所で王女と同じ席に座るのはサンディーヌにとってかなり抵抗のあることだった。周りの人たちがセルフィオーナ王女を王女と認識していないというのがサンディーヌにとって救いだったが。
カウンターに両肘をついて組んだ手の上に顎をのせている王女の所へ、カウンターの中から店の亭主が近づいた。
「久しぶりだね、セラさん。連れがいるなんて珍しい。でっ、何にする?」
「タグレイディア風の魚のスープに、タマネギとチーズをはさんだ黒パン、ピクルス、それにワッシュのビールを。あっ、この人にも同じものをね」
王女はサンディーヌを指してそう注文した。タグレイディア風の魚のスープというのは香辛料を利かせて魚と南国野菜を煮込んだスープで、ワッシュのビールは、他の酒と比べるとアルコール度が低く、酒に強い人間だったらほとんど酔わないものだった。だからまだ仕事の残っている昼時用とされていた。
「なんだかざわついているわね、あの人達、」
奥の調理場に注文を取り次いだ亭主に、王女は店の中にたむろしている男達を眼で示しながら話しかけた。
「いつもは昼飯もそこそこに仕事の戻るのに、何か熱心にひそひそ話をしているのね」
「あんたは知らないのかね?朝から大騒ぎだぜ」
亭主が同じように声をひそめて言った。
「何のこと?さっき起きたばかりだもの、朝のことなんか知らないわ。レグニアの
ちっちっと亭主が舌打ちをした。顔の前で立てた右手の人差し指を左右に揺らしながら、
「セシエ公の館が近衛の兵に襲撃されたってことさ。館は火を噴いているし、館から北門に続く道にはセシエ公の手兵の死体が散乱しているって聞いたぜ」
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