第18話 王都争乱 3章 王女暗躍 5

 セルフィオーナ王女は息を呑んだ。目を丸くして、


「まさか?そんな!」


 王女の隣でサンディーヌは感心していた。とっくに知っていることを聞いてのこの演技だ。王宮の中でもこの調子で本心を見せないようにしていたのだろう。王女が軽くサンディーヌを肘でつついた。サンディーヌは慌てて王女に合わせて演技をした。


「なぜ近衛がセシエ公を襲うの?だってセシエ公は女王様の一番の腹心だって言われているのに!」


 少し声が裏返っていたが、この場合はその方が状況にふさわしかった。

 亭主が今度はサンディーヌの方を見て言った。


「偉いさん方の細かい事情まで町方まちかたには分かるわけもないさ。でも見かけほど女王様と公爵様がうまくいってない、てのはちょっと考えれば分かることだろ?だって今の王国は実際には公爵様のものと言っていいもんな、気の強いフィオレンティーナ様が面白く思ってないのは想像がつくじゃないか」

「・・へっ陛下が襲わせたと言うの?セシエ公を。まさか、そんな!」

「じゃ、女王さん以外にだれが近衛を動かせるって言うんだ?あの跳ねっ返りの王女さんかい?それこそまさかだね。」


 その王女を目の前にしながら、そうとは知らない亭主は遠慮のない口をきいていた。


「で、公爵様は殺されなさったの?」


 セルフィオーナ王女が横から口を出した。声を少し震わせて、心配そうな様子はまんざら演技だけではなかった。亭主は頭を掻いた。ちょうど運ばれてきた料理を二人の前に並べながら、


「それがよく分からないんだ。上手く逃げなさったっていう噂もあるし、首を取られなさったという噂もある」


 ランドベリでのセシエ公の評判は悪くなかった。セシエ公が実質的な街の支配者になってから、格段に治安が良くなった。犯罪に対しては厳罰主義だったが、裁判は公正で、身分の高いものに対しても容赦がなかった。税の取り立ても厳しかったが公平だった。

 亭主もこの店の客達もセシエ公に対して、他の貴族どもよりよほどましと考えていた。その気持ちが声の調子と言葉遣いに表れていた。


「でも、近衛の連中が街を脱出しているという話もあるんだ。実際それも見たって言うやつもいる」

「ああ、俺が見たぜ。何人かずつの固まりになって慌てて逃げ出して行ったぜ」


 側で話を聞いていた男が横から口を挟んだ。王女が男の方に顔を向けた。


「本当?逃げ出していったのがいたとしてもそれが近衛だってどうして分かるの?」


 思いもかけず強い口調で問いかけられて男は少しどぎまぎしながら答えた。


「顔を知っているやつがいたのさ、近衛を笠に着て威張り散らしてた嫌なやつだがね。声をかけたら目をそらせて西門の方へ走って行ったよ。仲間らしいのが五、六人いたかな。いつもの派手な近衛の制服じゃなく私服だったがね」


 亭主が話を引き取った。今一番の話題を話したくて仕方が無かったのだ。


「なっ、かなり確かな情報じゃないかな?こいつが知っている近衛兵が逃げ出したってのは。それなら公爵様は上手く逃げられたわけだ。近衛が首尾良く公爵様の首を挙げていたら逃げ出す必要なんか無いんだからな」

「そうね、そうかもしれないわね」


 王女は急に興味を無くしたように、窓の方を見、もう一度前を見て肩をすくめると運ばれてきた料理を食べ始めた。スプーンでスープを掬うとタグレイディア産の香料の香りが立ち上った。


「サンディ、あなたも食べておかなければ駄目よ」


 王女は横でまだ料理に口を付けていない侍女に言った。


「今度いつ食べられるか分からないんだから」


 と小声で付け加えた。サンディーヌは慌てて料理を食べ始めた。





 未だ細かく降り続いている雨の中で焼け落ちた館がぶすぶすと煙を出し続けていた。遠巻きにして焼け跡を見ている街の人々に混ざって、セルフィオーナ王女とサンディーヌはセシエ公の屋敷の正門の前にいた。雨具のフードをかぶり、さらにその下にかぶり物で髪を覆い、顔を目立たないようにしていた。回りにちらほらいる女達も同じような格好だった。門の外からでも分かるほど偉容を誇った館は、石造りの部分を残して焼け落ちていた。


「ひでえもんだ」


 セルフィオーナ王女の横で焼け跡を見ていた男がつぶやいた。まわりにたたずんでいる男女の何人かが頷いた。その中の一人が声をひそめて、


「セシエ公がお戻りになったら、焼き討ちをした連中、どんな目に遭うかしらね?」


 そうつぶやいたのは中年の女だったが、回りから一斉に視線を浴びて、


「だって、北門の外まで追いかけていった連中、昼過ぎにずぶぬれになってしょぼくれて帰ってきたよ。セシエ公、上手く逃げられたに違いないよ。そうでなきゃ、いくらずぶ濡れでももっと意気揚々と帰ってくるものだろ?」

「あんた、それを見たのかい?」


 女は頷いた。


「あたしん家はコルヴィー通りに面してんだ。二階の窓からはっきり見たよ」


 コルヴィー通りというのは北門から王宮に向かう大通りだった。





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