第18話 王都争乱 3章 王女暗躍 6
彼らの噂話は王女にとって情報の宝庫だった。興味なさそうな表情でその実一言も聞き逃すまいとしていた。
「そう言や、王宮から逃げ出すやつがたくさんいるって話だな、大荷物抱えて・・」
男達の一人が相づちを打った。
「近衛が逃げ出しているってやつだな。俺もそんな噂を聞いたぜ。セシエ公の仕返しが怖くてランドベリを逃げ出すついでに、行きがけの駄賃に公爵様の屋敷を焼き討ちにして、めぼしいものを持っていったってことだろ」
また別の男だった。
「それになんか、近衛だけじゃなかったみたいだよ。ナザイス様とカリキウス様の手勢も入っていたって聞いたよ。最近見慣れない奴らがたくさん泊まっているって宿屋の手伝いに行っている娘が言ってもんな。東の方で怪物が暴れているから、逃げてきたんだろと言ってたけれど」
「ナザイス様とカリキウス様が?セシエ公を討とうとなさったって?そんな!気でもおかしくなったんじゃないか?」
ナザイスもカリキウスの仲間だと町方では思われているようだ。
「でも、実際に危ういところまで公爵様が追いつめられなすったじゃないか。じっと機会を窺ってたに違いないよ」
「まったく、オービ川の向こうから怪物がやってきてやっと追い払ったばっかりだというのに、何を考えてんだか!」
「そうだよ、公爵様がいらっしゃなければどうなっていたと思ってんだろね!」
「ランドベリがバルダッシュみたいになってたかも・・・」
その言葉を聞いてそこに集まっていた人々が思わず顔を見合わせた。ぞっとする想定だった。破壊された町と、殺された人々、奪われた富、そこで繰り広げられた凄絶な闘い、それを救ってくれたセシエ公は彼らにとって英雄だった。
そこに集まっていた街の人々は口々に自分の知っていること、思っていることをしゃべった。その全てがセシエ公に好意的であり、襲撃した側を非難していた。
何食わぬ顔でじっと人々の会話を聴いていたセルフィオーナ王女はそっとその場を離れた。サンディーヌが慌てて後に続いた。王女は北門の方へ向かっていた。
「セルフィオーナ様!どちらへ行かれるのですか?」
サンディーヌが、早足で歩く王女に置いて行かれないように懸命に付いていきながら訊いた。王女が速度をゆるめて振り返った。
「北門も確かめておきたいの。他の人たちの話も聞くことができるかもしれないしね」
セシエ公の館から北門に続く道には街の人々が出て、セシエ公の家人の死体を片づけていた。荷車に乗せて門の外まで運んで埋めるのだ。放っておくと疫病の原因になる。どうしてもやらなければならない作業だったが、人々の死体の扱い方は丁寧だった。そんなところにも街の人々のセシエ公に対する好意が透けて見えていた。門に近いところほど片づけは捗っていた。死体はすでに運ばれていて、雨でも流しきれなかった血を人々がブラシでこすりおとしていた。人々の作業をじゃましないように注意しながら、王女とサンディーヌは歩いていった。すぐ側を通ることもあり、彼らの話すことが聞くともなく耳に入ってきた。
「きれいな女だったな」
「ああ。全くだ。もったいない」
「公爵様の奥方様なのかな?」
「違うだろ、奥方様は領地の方にいらっしゃるって聞いたぜ」
「じゃあなにか、側室とか何とかそういうのかな」
「そうだろ。ただの召使いじゃあんなに必死になって公爵様と一緒に逃げ出そうなんてしないだろうから。俺もあんないい女を妾にもちたいもんだな」
馬の死骸を片づけている男達の会話だった。馬は重すぎてそのままでは運べなかった所為で後回しにされていた。だから人の死体の後かたづけに遅れて、動物の解体に慣れた男達が運べる大きさにした馬の体を荷馬車に積み込んでいた。
「女まで殺されたの?」
男達の会話にセルフィオーナ王女が訊いた。いきなり横から質問をされて、作業をしていた男達が手を休めて王女とサンディーヌの方を見た。邪魔だ!とかあっちへ行け!とか言わずに男達が相手をしたのは質問者が女、それも若い女だったからだろう。
「公爵様と一緒に逃げ出そうとしていたんだろう。それで追っ手に追いつかれてかわいそうに、背中に矢は突き立っているし、頸は半分切断されているし、ひどい有様だったぜ」
答えたのは男達の中でも比較的年配の男だった。
「でもきれいな女だったぜ」
横から別の男が口を出した。何人かの男が頷いた。
「そう・・・・」
王女は口の中で小さくつぶやいて、開け放たれている北門をしばらく見つめていたが、すぐに門に背を向けて歩き始めた。サンディーヌがまた慌てて後を追った。
「姫様?」
サンディーヌが、早足で歩くセルフィオーナ王女の後ろを懸命に付いていきながら声をかけた。王女は振り返って
「王宮へ戻るわよ!」
「でも、危ないのではありませんか?」
「大丈夫よ、近衛たちが逃げ出しているって言ってたじゃない。アンタール・フィリップ様はうまく追跡から逃げられたのよ。館を襲ったのは護るべき人も土地もここにはない
王女がそう断言した。
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