第18話 王都争乱 3章 王女暗躍 2
どっと足音がなだれ込んできた。大声が行き交う。
「いないぞ!」
「そんなはずはない!よく探せ!」
金属のふれあう音とあちこちを開け閉めする音が交錯した。何かをひっくり返す音、投げ捨てる音がいくつも起こった。
「どこにもいません!」
「もう一度探せ!」
「やっぱりいません!」
「くそう、逃げられたか!出入り口は押さえてある。外に逃げられたはずはない、宮殿の中を探すのだ!なんとしても捕らえろ!」
ひとしきりまた、怒号と物音が交錯して、やがて静かになった。
「ふう、行ってしまったわ。でも見張りが残っているわね、しばらくはここから出ていくわけにはいかないわ。しかたがないわね」
様子を窺っていたセルフィオーナ王女が段から降りてきて、ささやくような声で言った。
「これから一体どうするのです?セルフィオーナ様」
サンディーヌが同じくささやくような声で訊いた。王女は少し考えたがすぐに唇をとがらせて、肩をすくめた。
「本当は教えたくないんだけれどね、しかたがないわね」
同じ言葉を繰り返して、サンディーヌの手を取った。服のポケットから蝋燭を出してサンディーヌに持たせた。小さな使い差しの蝋燭が2本、サンディーヌの手の中にあった。
「ついておいで」
そのまま王女は穴の奥へと歩き始めた。そのときになって初めて、サンディーヌは穴の背後に細い通路が続いていることに気づいた。蝋燭の頼りない灯りの
「着いたわ」
王女が通路の出口を開けると、外の光が入ってきた。直射日光ではなかったが、暗闇に慣れたサンディーヌの眼にはまぶしかった。王女に押し出されるように通路から出たそこは、高い岩に囲まれた小さな砂地の広場だった。顔を上げると厚い雲に覆われた朝の空が井戸の底から見上げるように見えた。大粒の雨がサンディーヌの顔にかかった。強い雨が降っていた。サンディーヌは慌てて岩陰に避難した。振り返るとちょうど王女が出てきた扉を閉めるところだった。岩そのものでできた扉は閉まってしまうとそこに出入り口があることなどとても分からなかった。王女も雨を避けてサンディーヌのいる岩陰に駈けてきた。
「ここは一体?」
サンディーヌの疑問には応えず、王女は顔を上げて、
「ひどい雨ね、これでは動きが取りづらいわね。雨が止むのを待つしかないわね」
セルフィオーナ王女は雨のあまりかからないところにある岩に腰かけて空を見上げた。雲の動きが速い、かなりの雨だが止むのは意外に早いかもしれない。雨に曇って周りの景色が見えにくかった。それでもある程度の見当はついて、王女は右手の方を指さした。
「ほら、あれがランドベリ港」
確かに雨の向こうに海に突き出た波止場や、背の高い幾棟もの倉庫が煙ってみえた。
「ここでしばらく待つしかないわね」
サンディーヌは茫然と周りを見回した。事態の急展開に頭がついていかなかった。
「アンタール・フィリップ様は上手く逃げられたかしら・・」
王女が一人ごちた。気遣わしそうな口調だった。サンディーヌが王女を振り返った。
「セルフィオーナ様、少し質問してもよろしいでしょうか?」
腰かけたままの王女がサンディーヌを見上げるような形で、
「壁の中の通路のこと?」
「はい、いったいあれはなんですか?」
「壁の中の通路は、そうね、おそらく内宮が建てられたときに一緒に作られたのよ」
「あんなものがあるなんて、王宮に十年ご奉公して全く知りませんでした。あの兵隊達も知らなかったようですし」
「知っているのはたぶん私だけ」
「なぜです?どうしてセルフィオーナ様だけがあんなものをご存じなんです?」
「あれが作られたときにはもちろん、知っている人達が居たはずよ、そして言い伝えとして残されていたと思うわ、それが王族のごく一部にだけ、だったとしてもね。途切れたのはたぶん、継承戦争のときだわ。勝利したゴダバイン王は主流派じゃなかったし、小さいうちに王宮を出されて、オービ川に近い辺境に移されていたのだもの、壁の中の通路のことなど知らなかったと思うわ。グランダール殿下に付いた人たちは残らず粛正されてしまったもの。処刑される前にわざわざ通路のことを教えるわけもないしね」
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