第18話 王都争乱 3章 王女暗躍 1

 サンディーヌは激しくセルフィオーナ王女の部屋のドアをたたいた。


「セルフィオーナ様、起きてください!」


 サンディーヌがびっくりしたことに、何回もたたかないうちにドアが開き、中から王女が顔を出した。唇に指を当て、静かにするように身振りで命じておいて、サンディーヌを部屋へ入れた。すぐにドアを閉め、鍵をかけた王女は、すっかり身支度を調えていた。こざっぱりとした暗色の服で、上下に分かれ、下はズボン姿だった。長めの上着の腰のところをベルトで留めている。ベルトに短剣が差し込んであった。女性用ではなく、少年達が普段に着るような服だった。前つばの帽子をかぶり、髪をその中に押し込んでいた。


「セルフィオーナ様、その格好は一体・・・?」


 サンディーヌは夜着の上にガウンを羽織っただけで、就寝用の布製の帽子もつけたままだったし、足下は走りにくい部屋履きだった。文字通り着の身着のままでセルフィオーナ王女の部屋に駈けてきたのだ。


「その格好では動きにくいわね、着替えなさい」


 王女は自分の衣装部屋の方を指さした。サンディーヌはあっけにとられていた。今起こっている事態に対応できないまま、王女の部屋に駈けてきたのだ。王女を起こしてその先どうすればいいのか、そんなことは考えていなかった。それなのに王女はすでにこの事態を予期していたような態度だった。サンディーヌの手を引いて衣装部屋まで連れて行って、


「動きやすくて目立たないのがいいわね」


 王女はたくさんつるしてある服の中から、黒っぽいワンピースを取りだして、サンディーヌに渡した。


「これにしなさい、ベルトは適当に選んで。靴も替えるのよ」


 慌てて着替え始めたサンディーヌを衣装部屋に残して、王女はもう一度、ドアの所へ戻った。ドアに耳を当てて外の気配を伺った。着替え終わったサンディーヌが王女の側に来た。大柄な王女の服を着たため、膝丈のスカートが膝の下まで覆っていた。ベルトをきつめに締めて、長袖を一回まくり上げていた。靴は幸いなことにほぼ同サイズだった。しかし人の靴は履きにくい。王女はドアから耳を離して、着替えたサンディーヌを上から下までざっと検分した。


「それでいいわ」

「セルフィオーナ様、いったい何が起こっているのですか?私はなんだか騒がしくなって、武装した兵がうろうろし始めたので、何はともあれ王女様に報せなくてはと思ってきたのですが」

「カリキウスの手の者よ。それにしても思い切ったことをしたわね」

「カリキウス様が?いったいなんのことです?」


 王女がドアの方を振り向いた。

 ドアの外に大勢の人が走ってくる気配がした。金属のふれあうがちゃがちゃという音も聞こえた。乱暴にドアがたたかれ、すぐに大声が聞こえた。


「殿下!開けてください。反乱です!」


 サンディーヌが口に手を当てて息を呑んだ。目を大きく見開いている。外の声がさらに大きくなった。王女は声に応えようとはしなかった。しびれを切らしたようないらついた声が聞こえた。


「かまわん、ぶち破れ!」


 セルフィオーナ王女がドアから下がった。口に手を当てて立ちすくんでいるサンディーヌの手を取った。すがるような目でサンディーヌが王女を見た。


「こっちよ」


 王女がサンディーヌの手を引いた。王女の部屋にはドアに続く広間と、寝室、書斎、衣装部屋と物置があるのをサンディーヌは知っていたが、ドアは一つだけだった。奥へ行っても袋のネズミでどう隠れても探されれば見つかるのは時間の問題だとサンディーヌは考えていた。


「王女様、味方かもしれません」


 おそるおそる声に出してみたが、王女の返答はきっぱりとしていた。


「あり得ないわ、カリキウスの手勢よ。私がセシエ公に近しいから、私の身柄を押さえればセシエ公に対するカードに使えるとでも思っているのでしょうよ」


 王女はサンディーヌを書斎に連れて行った。書斎の隅で、サンディーヌに背を向けて、書棚の取っ手をいじっていたと思ったら、そのまま手前に引いた。書棚ごと動いて、その後ろにぽっかりと穴が開いた。人が一人ちょうど立ったまま通れるほどの幅と高さを持った穴だった。

「入りなさい」

 何が起こったのか理解できないまま、呆然と立っているサンディーヌの背を押して、王女が言った。押されるままにサンディーヌが穴の中にはいるとすぐに王女もあとから入ってきて、内側から書棚を元の位置に引き戻した。真っ暗になった穴の中で王女がごそごそと動いて、王女の手元に小さな炎がともった。王女が持った手燭の上で蝋燭が燃えていた。


「持って」


 王女に手燭を押しつけられて、サンディーヌが慌てて手を出した。王女は壁にある段に足をかけて少し上り、書斎にむかった壁に眼を当てた。そこに巧みに隠されたのぞき穴があって書斎の様子が窺えるのだ。王女とサンディーヌの耳にドアを破る乱暴な音が聞こえてきた。


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「暗躍」は言い過ぎかもしれません。悪いことをするわけではありませんので。

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