第19話 乱後始末 1章 王女 4

 セシエ公は構わずに話を続けた。


「鉄砲だけで仕留めたにしては効率がよすぎる気がするのですよ。空を飛ぶ者を撃ち落とすような、そんな訓練はしていませんでしたから」

「本当ですか?」

「だから、未確認情報です。なにしろアラクノイや翼獣の死体は兵達になぶられてぐしゃぐしゃにつぶれてましたから、傷の確認などできませんでした。しかしこの情報が確かなら、我々の側に光の矢を撃つことが出来る者がいることになる。奴らの中の内紛という可能性もありますが、少なくとも私が指揮を執ったときにはそんな様子は見えなかった」


 王女の目が光った。真剣な表情で考え始めた。


「アンタール・フィリップ様の部下ではございませんわね」

「そうですな。残念ながら私はあんな武器を持っていない」

「それでは・・・」

「マギオの民、あるいはそれと関連のある者でしょう」

「お確かめになりますでしょう?」

「当然です」

「光の矢を撃つ鉄砲を持つ者が本当にいたらどうされます?取りあげますか?」


 それはこの情報を得てからセシエ公もさんざん考えたことだった。光の矢を撃つ鉄砲を持つ者がいるという前提で考えると、そいつは多分普通のマギオの民ではない。そんな特別な武器を持つことを許されているという事実だけでも、マギオの民の中でも特別扱いされていることは確かだ。セシエ公はガレアヌス・ハニバリウスの顔を思い浮かべた。今まであんな武器を持っていることをおくびにも出さなかった。いやあんな武器のことを知っていたのだろうか?セシエ公は人を見る目に自信を持っていた。事実セシエ公の前で隠し事をしたり、ごまかしたりするのは非常に難しかった。ほんのちょっとした表情や体の動きから見抜いてしまうのだ。それは特殊能力と言っても良かった。

 いやガレアヌスは知らない。少なくとも前回会ったときには知っていなかった。そうであれば少なくとも単純なマギオの民ではあり得ない。そうセシエ公は結論づけていた。


「いや、無理でしょう。あんな特別な武器を持つ人間がそれを手放すとは思えない。たとえ私やガレアヌス・ハニバリウスに命じられたとしても」

「私もそう思いますわ。でも顔くらいは見たいですわね、そんな武器を持つ人間の」

「確かにそうですな」

「それなら私が役に立ちますわ。アンタール・フィリップ様が会う前に私が会うことができるでしょうから」


 セシエ公が不審そうな顔をした。それに応えて、


「アンタール・フィリップ様は、武装解除されてないそんな人間にいきなり会うことはおできにならないでしょう?」


 それはそうだ。あんな危険な武器を持った人間とおいそれと会うわけにはいかない。その人間が害意を持っていたりしたら防ぐのは非常に難しい。当然武装解除しなければならないが、さっきの論理からいうとそれに応じるわけがない。


「その点、私であれば武装解除にこだわりませんもの。アンタール・フィリップ様の前に会ってどんな人間か見てみますわ」

「しかし・・」


 王女を盾にしているような状況になる。それがセシエ公には釈然としなかった。


「私なら万一のことがあっても今後の王国の運命に大きな影響は出ませんもの。それに、もしそんな人間がいるなら、アラクノイは共通の敵ですから今の時点で私やアンタール・フィリップ様に武器を向けるとは思えませんわ」


 そもそもが仮定の話だった。そんな武器を持つ人間がいるかどうかもはっきりしないのだ。仮定が本当になったら、王女の言うとおりにしても構わないだろう。だが・・・、


「殿下はどうも、人を機能ファンクションで見過ぎるきらいがありますな、ご自分も含めて。人は感情の生き物です、統治者としては常にそれを意識しているべきでしょう」


 そう、セシエ公はカリキウスの感情に気づかなかった。それがあそこまでカリキウスに追い詰められた原因だった。王女がまじまじとセシエ公を見つめた。セシエ公も自分を省みることはあるのだ。人間が完全でない以上それは当然だろう。でもまさか公から人の感情の不合理さを説かれるとは思わなかった。


「確かに殿下のおっしゃるとおりでしょう、しかし殿下を弾よけにしているようで忸怩たるものがありますな」

「別の方法をおとりになると?」


 セシエ公が顎に手をやった。


「いや、考えてみても殿下のおっしゃるとおりにした方が良さそうです。私の思いとは別に。ですからそのようにお願いしましょう」


 セルフィオーナ王女が微笑んだ。先生から大事な用事を言いつかった生徒のように。


「はい、お任せください。私でも多少はお役に立ちましてよ」


 海から風が吹いていた。塩気を含んだ風がセルフィオーナ王女の髪をなぶっていた。王女の体がぞくりと震えた。


「羽織るものを持ってくるのを忘れました。もう戻りませんか?」

「これは気がつかずに失礼したようですな。そうですな、もう戻りましょう、今日は有意義な時間を過ごさせていただきました。感謝いたします」

「私の方こそ。アンタール・フィリップ様との間がますます近くなったようで嬉しい限りですわ」


 王女が差し出した右手の甲に軽く口をつけてからセシエ公は王女の肩を抱くようにして、通路の出口へ向かった。王女も肩に回されたセシエ公の手に自分の手を添えて、並んで歩いて行った。








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