第19話 乱後始末 2章 マギオの民

 カリキウスの動乱でランドベリの館を失ったセシエ公は、空き家になっていた貴族の館を接収し、多少の手を入れてランドベリ滞在時の宿にしていた。それはカーナヴォン侯爵の館であり、焼失したセシエ公の館から三百ヴィドゥーほどしか離れていなかった。セシエ公の屋敷跡は瓦礫を片付けて更地にし、そこに率いてきた手勢が宿営していた。カリキウスの動乱を教訓にして分厚い警護体制をしいていた。

 その仮の館の執務室にセシエ公はガレアヌス・ハニバリウスを呼んでいた。シス・ペイロスへの遠征にマギオの民を動員することを告げるためだった。マギオの民への重要な命令を伝えるときは、いつもガレアヌスにセシエ公が直に伝えることにしている。それだけマギオの民と、マギオの民に告げる命令を重要視していることを示すためであったが、今回はそれだけではなかった。


 セシエ公の待つ執務室にガレアヌスが入ってきた。付いてきた者達と離されて、完全に武装解除されていたが、マギオの民というのは武器を持ってなくても危険であることは当然の認識だった。ましてガレアヌスはマギオの民の長だった。セシエ公の両隣には直衛隊の腕利きが二人控えていたし、セシエ公自身も室内で扱いやすい短めの剣を帯びていた。執務室には他に執事のテカムセとサヴィニアーノもいた。どちらもきちんと武装していた。

 執務室に入ってきたガレアヌスは一瞬で部屋の中の人間の配置を把握して、セシエ公の前に畏まってその言葉を待った。時候の挨拶などの前置きもないのもいつも通りだった。


「来年の雪解けを待ってシス・ペイロスに兵を出す。あの怪物どもを完全に叩き潰すのだ」


 サヴィニアーノとガレアヌスが納得したように僅かに頷いた。


「マギオの民からは最大限に動員してもらう。ガレアヌス、どれほど出せる?」

「無理をすれば三百五十ほどは」

「無理をすれば、とは?」

「未だ公爵様に従っておらぬ貴族領への監視もすべて引き上げれば、ということでございます」

「では、三百五十を出してもらおう。鉄砲はいらぬ。私がお前たちに求めるのは鉄砲などという武器を使った働きではない。マギオスの法を使った働きだ」


 ガレアヌスの肩がぴくっと動いた。何か言いたそうに口をとがらせてセシエ公を真正面から見つめて、それから慌てて視線を外した。身分の高い人間を真正面から見つめ続ければ失礼に当たる。


「百丁ほどは持っておろう」


 ガレアヌスの背に嫌な汗が浮いてきた。セシエ公の推定通りだった。


「この国で鉄砲を調達して私に知られずにいることができるとでも思っていたのか?」

「そっ、それは・・」

「鉄砲を持つというのはお前の考えか?」


 セシエ公の舌鋒は矢継ぎ早で容赦なく、ガレアヌスに立ち直る時間を与えなかった。


「・・いえっ、アティウス―」


 思わず他人に責任をなすりつける言葉が出た。


「アティウス?」

「アティウス・ハニバリウスが、進言して参りました」

「ハニバリウスの一族か」

「・・はい」

「私の所に伺候したことはないな、その男は」

「はい、公爵様に会わせることが出来る者ではございませんので・・・」

「なぜだ?」

「礼儀知らずの跳ねっ返りで・・」

「鉄砲のことを私に伏せていたのもそのアティウスの考えか?」

「はい・・」


 セシエ公は目の前で冷や汗をかいている男を冷たく見つめた。普段よりずっと小さく見える。


「カリキウスの様子を窺っていながら私にそのことを話さなかったのはなぜだ?」


 さらに追い打ちをかけられてガレアヌスのポーカーフェイスが完全に崩れた。


「かっ、確証が得られなかったため・・」

「そのために私の館が襲われた。未然に防ぐこともできたはずだった」


 セシエ公の推理だった。カリキウスの襲撃を報せてきたのは、セルフィオーナ王女に侍女として付けた女だった。その立場ではカリキウスとの接点はほとんど無いはずだ。それなのに王女が報せたカリキウスの行動に疑問を持ってない。その上、あの頑なで融通の利かないテセウスが女の話を聞いて直ぐ、時間をおかずセシエ公に報告している。カリキウスについて何らかの情報を持っていて、その情報に基づいて女やテセウスが判断していたと言うのがセシエ公の結論だった。そしてその推測が今、確信に変わった。

 ガレアヌスは何も言えなかった。セシエ公とガレアヌスでは格が全く違った。先手を取られて、息もつかせずに追い詰められてはどうしようもなかった。ガレアヌスは心底から畏怖していた。個人的な戦闘力―武術、体術―などというものを離れて、セシエ公はガレアヌス・ハニバリウスを圧倒していた。


「動員されるマギオの民の指揮は他の者に任せ、お前は謹慎しておれ」


 ガレアヌスは肯うしかなかった。


「できるだけ早くお前の代わりにマギオの民を指揮する者を出頭させろ。動員の詳細はその者と打ち合わせる」


 セシエ公のこの命令はマギオの民のおさの交代につながる。今までは、セシエ公とマギオの民の関係は雇われて契約で動いているという建前だったが、この命令に従うと従属に変わってしまう。何しろマギオの民の首長の人事がセシエ公の言葉で決まるのだ。しかしガレアヌスにはそれに逆らう力は残っていなかった。力なくうなだれて執務室を出て行こうとしたガレアヌスに、


「もう一つ、ウルバヌスを私に付いているマギオの民の指揮官に戻せ」


 これもまたガレアヌスには肯うしかなかった。長の交代に比べれば些細なことに思えたのだ。しかし、セシエ公から見れば長の交代に劣らぬ重要な事案だった。





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