第19話 乱後始末 1章 王女 3
あきれたような声で、
「これは、また・・・」
セシエ公にしてもすぐには反応できなかった。しばらくの間を置いて、
「これは、言うところの秘密の通路ですかな」
セシエ公の反応を、少し口角を上げながら控えめに面白そうに見ていた王女が返事をした。
「はい、内宮のいくつかの部屋から王城の外へ続いています。万一の時の備えですわね」
セシエ公がそうだろうというように頷いた。
「王城の外というと、どのあたりになるのですかな?」
「港から少し離れた海岸ですわ。ご案内いたしましょうか?」
「是非」
セルフィオーナ王女に続いて、ためらいもせずセシエ公が通路に身を入れた。王女が蝋燭をともしてから書棚に偽装している扉を閉めた。真っ暗な中で頼りない蝋燭の明かりを頼りに王女が先導して歩き始めた。セシエ公はかなり夜目がきくようで王女の持つ蝋燭の明かりだけで、危なげもなく付いてきた。
セシエ公は海を前にして、大きく伸びをした。後ろを振り返って、出口の扉を閉めているセルフィオーナ王女に向かって、
「いやいや、狭いところは性に合いませんな。その上こんなに距離が長いと来ている」
扉を閉め終わった王女がセシエ公の側まで歩いてきた。右側を指しながら、
「あれがランドベリ港です」
港を見ると、セシエ公にも現在地がどこか見当をつけることができた。
「なるほど、こんな所に出てくるわけですか」
「多分、船で国外に逃れることまで想定していたのだと」
「あの通路ですが、私の手の者に調べさせてもよろしいのですかな?」
「ええ、もちろん。そのつもりでお教えしたのですから」
「殿下の他にこの通路のことを知っている者は?」
「サンディーヌが知っておりますわ。カリキウスの手勢から逃げるときに通路を使いましたから。もちろんきつく口止めいたしましたけれど」
「殿下の他には一人だけですか。私の手の者も可能な限り少なくする必要がありますな」
「そうしていただければ。こういったものは知る人間が少ないほど価値がありますから」
セシエ公がこれ見よがしにため息をついた。
「全く、殿下には驚かされますな。こんな秘密を一人で管理されていたとは」
「多少はアンタール・フィリップ様のお役に立てますでしょう?ただ公爵様の背中に隠れているだけが能ではないと」
「その通りのようですな。王家と公爵家、良い組み合わせになりそうですな」
「アンタール・フィリップ様」
セルフィオーナ王女の声が改まった。セシエ公が王女の方に顔を向けると、王女が顔を上げて長身のセシエ公を見ていた。その声にただならぬものを感じて、
「何でしょうか?殿下」
「先ほどのお話です」
「先ほどの?」
「はい、シス・ペイロスに軍を出して、怪物討伐の功を私の即位の手土産にするという」
「それが何か?」
「怪物どもに勝てるのですか?」
単刀直入な訊き方だった。セシエ公は感心していた。先ほどこの話が出たときにも訊けたはずだ。それをここまで待ったというのは、自分が公にとっても有用な人間なのだと主張してからにした、ということだ。実権を失った王家の後嗣というだけではない、自分自身に価値があるのだと言っている。その上でセシエ公の目論見の成否の可能性を訊いている。セルフィオーナ王女との二人三脚はなかなか面白いことになりそうだ。
「勝てると考えています」
「根拠は?」
おお、これはまた手厳しいことだ。最近滅多に反論されることのないセシエ公の心に、王女との議論を楽しむ気持ちが浮かび上がってきた。
「相手は空を飛ぶ怪物ですよ。光の矢を撃つ鉄砲を持っているアラクノイを載せて飛ぶことができるのですよ?あの
「巨大獣は多分二匹だけと考えています。シス・ペイロスに潜入させたマギオの民の話ではそもそも最初に現れたときからずっと同じ二匹だったとのことですから。翼獣に関してはバルダッシュで殲滅し損ねて、何匹か逃しました。アラクノイとともに。でも居てもあと四~五匹でしょう。翼獣もアラクノイも」
「シス・ペイロスに予備が居る可能性はございませんか?」
「可能性はありますな。ただこれもマギオの民の情報ですが、王国内に入ってから翼獣がシス・ペイロスから飛んできたことも、飛んで帰ったこともないそうです。あいつらは全く孤立無援で王国内で動いていたことになりますな、無茶なことに。ですから予備が居てもごく少数だと考えています」
「そうですか。でも空を飛ぶものを撃ち落とせるのですか?この次は開けた場所での戦いになるかと思いますが。バルダッシュのように身を隠せる所がありませんでしょう?」
「それは訓練するしかありませんな。ただこれは未確認情報ですが、バルダッシュで仕留められたアラクノイや翼獣のうちには、アラクノイの雷光でやられた者がいるという情報があります。主にファッロの、生き残りの部下からの情報ですが。あの光の矢を撃つ鉄砲がアラクノイに対して使われたということは、つまり、その鉄砲を持つ人間がいたということになりますな」
王女の肩がぴくっと動いた。疑わしそうにセシエ公を見た。
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