第19話 乱後始末 1章 王女 2
「今回は助けていただきましたから、これで王家を廃したら外聞が宜しくないかと」
セシエ公がしゃあしゃあとした顔でそんなことを言った。
王女はセシエ公の顔をまじまじと見つめて、それからクスッと笑った。そんな理由などではないはずだ。その方がセシエ公にとって都合が良いからに過ぎない。多分王女の祖父であるリウプラット辺境伯を味方にすることができる、というのが一番大きな理由だろう。セシエ公にしても貴族という貴族を敵に回して戦いたいわけではない。戦わずに味方に出来るならその方法を取る場合もある。しかしいつまでも味方にしている必要もない。国権を握ったあとなら既存貴族の力を弱める手段などいくらでもある。とりあえずの味方で十分だった。
今、王家をつぶす方が良いと判断したらためらいなくそうするはずだ。
「分かりましたわ。でも一つ条件をつけても宜しいでしょうか?」
予想よりもはるかに自分に有利な条件を聞いて、さらに上乗せを要求する王女にセシエ公は興味深そうな目を向けた。
「ほう、何でしょうかな?」
「セシエ公爵家の血を王家に戻していただきたいと。いかがでしょうか?」
「それは、また」
さすがのセシエ公があっけにとられていた。
「もともと王家から分かれた公爵家でございますもの、戻していただいても宜しいかと」
たたみかけるように王女が言葉を継いだ。
「父も祖父も、王配に選ばれた最大の理由は凡庸で政治的野心がないことだったと聞いております。それでは私は我慢できません。私、ちゃんと男児を産んでみせますわ。王家とセシエ公爵家を一つにする男児を」
さすがに後半の言葉を口にするときには王女は顔を赤らめた。セシエ公は行儀悪く肩をすくめた。
「殿下はもう心を決めていらっしゃるようだ。おっしゃることは王国を纏める上で確かに良い方法かもしれませんな」
王家の名がランドであろうとセシエであろうと構わないことだ。すでに王国の実質的な支配者はセシエ公であり、王女の言うとおりにすれば将来もセシエ公爵家が王国の支配者であり続けることができる。王家を存続させたままであれば外聞も悪くない。正当性を主張することも出来る。
「そう言っていただけると嬉しゅうございますわ」
「ただ殿下のご即位は少し先にしようと考えております」
「なにかあるのですか?」
「あの怪物どものことです。バルダッシュから何匹かの翼獣がアラクノイを載せてシス・ペイロスへ逃れております。来年の春に始末をつけるための軍を出そうと考えております。その軍の名目上の指揮を殿下にとっていただいて、王国への脅威を取り除いた君主として即位式を行いたいと考えております。実行力のある君主として臣民に支持されるでしょう」
「王家とセシエ公爵家の親密な関係も見せられるというわけですね、主に他の貴族達に」
「さすがにご理解が速い、その通りです」
適当な時間に飲み物を持ってくるように命じたサンディーヌが近づいてくるのが見えた。サンディーヌがテーブルの上にリンゴのジュースをおいている間、セルフィオーナ王女とセシエ公は口をつぐんだ。二人とも今の会話を整理し、考える時間が必要だった。サンディーヌは飲み物を置くと一礼して内宮に戻っていった。
「フゥー」
王女はいかにもおいしそうにジュースを飲み干して、そのカップをテーブルに戻しながら小さく息を吐いた。それから小首をかしげて、
「アンタール・フィリップ様、お見せしておきたいものがございます。もう少し時間を拝借しても?」
「ほう、私もそれほど暇というわけでもありませんが、大事なことなのですな?」
「少なくとも私はそう考えておりますわ」
「それでは見せていただきましょう」
「はい」
王女はにっこりと笑った。まるで無邪気な少女のように。
「どうぞ、私のあとに。案内いたしますので」
内宮に向かって歩き出した王女は、テラスですれ違ったサンディーヌとミランダに残って後を片付けるように命じた。つまり付いてくるなと命じているのだ。セシエ公が王女の意図に気づいた。
「おや、それでは私の供も残した方がよろしいのですかな?」
王女はほんの短時間、考えた。これから見せるものは、知る人間ができるだけ少ない方がいい。
「できましたらそうお願いしたいと」
セシエ公は振り返って自分の後について来ようとしていた二人の供の男たちにこの場に残るよう命じた。何を見せるつもりかはわからないが、何か自分を陥れるものを王女が準備しているとは考えなかった。自分を害するつもりなら、カリキウスの襲撃を知らせたことと整合性が取れない。それに何かあっても自分一人で切り抜けられる自信はあった。護衛はいらない。
セルフィオーナ王女がセシエ公を案内したのは自分の部屋だった。セシエ公はそれに気づいて一瞬眉をひそめたが、すぐに表情を消して王女について部屋に入った。カリキウスの手勢に壊された家具や、傷つけられた壁や床はまだそのままで、王女はいまは他の部屋に移っていた。王女はさらに奥に入って書斎にセシエ公を連れて行った。書棚を動かしてセシエ公に見せたのは壁の中の秘密の通路の入り口だった。さすがにセシエ公もびっくりしたような表情になった。
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