第19話 乱後始末 1章 王女 1

 セルフィオーナ王女は庭に面したテラスに座っていた。サンディーヌとミランダを後ろに控えさせ、風に髪をなぶらせながら海の方に顔を向けていた。いつかセシエ公とブドウの酒を酌み交わしたテラスだった。そしてこの時もテラスで会うのはセシエ公だった。


「みえたようね」


 足音に気づいた王女が振り返ると、セシエ公が内宮の扉を開けてテラスへ出てくるところだった。二人の供を連れている。王女は立ち上がって左足を軽く引いて会釈をした。


「お久しゅうございます、アンタール・フィリップ様」


 セシエ公は無表情のまま、右手掌を左胸の前において頭を下げた。貴人に対する略礼だった。


「ご無沙汰しておりました、殿下。此度はおかげさまで命拾いしたようで恐縮しております」


 ミランダが情報を得た経路をきちんと把握していた。


「たまたま知り得たことをミランダに報せただけですわ。お役に立ったならば嬉しいことです。お怪我をされたと聞きましたがもうお体の方は大丈夫なのですか?」


 セシエ公がわずかに頬を緩めた。


「なに、軽い怪我です。まだ左手は十分に動かせませんがもう傷口は塞がっております。この程度の怪我で済んだのも殿下のお陰かと」


 王女はちらっと庭の方へ目をやった。


「良い風が吹いておりますわ。少し歩いてみたいと思いますが」


 面会の要請に来た使いの者に、テラスでと指定したのは王女だった。ほうっという表情をしてセシエ公は肯った。


「庭の方が宜しいでしょうな」


 話の内容を他の者に知られたくなければ、人を遠ざけて屋外に出るというのは良い方法だった。建物の中ではどこに耳があるか分からない。かってブドウの酒を酌み交わしたことがある場所だからという理由ではなく、簡単に外へ出られる所とまで考えてテラスを指定したのだということにセシエ公は思い至ったのだ。


「サンディーヌ、ミランダ、お前たちはここに居なさい。サンディーヌはしばらくしたら何か飲み物を持って来なさい。今日はアルコールの入ってないものが良いわ。そうね、リンゴを搾ったものを井戸で冷やして持ってきて。ミランダ、帽子をちょうだい」


 ミランダが後ろに置いていたつばの広い帽子をセルフィオーナ王女に手渡した。これも王女が最初から庭に出るつもりだったことを示していた。

 セシエ公も供に付いてきた男たちを振り返ってその場にとどまるように告げた。


 テラスから出る庭は見事に手入れされた立木と花壇の間を芝生で埋め、石で舗装された遊歩道が巡っている。セルフィオーナ王女はゆっくりと、しかしはじめから目的地を決めている歩き方で先に立って歩いた。王女がセシエ公を案内したのは庭のほぼ中央にある四阿あずまやだった。壁はないが日差しを防ぐ屋根はついている。風が自由に通り抜けてこの季節は気持ちがいい。木でできた椅子とテーブルが置いてある。セシエ公が椅子を引いて王女を座らせて、その向かいに自分も座った。王女は両手を膝においてぴんと背中を伸ばし、まっすぐにセシエ公を見た。セシエ公も王女を見返した。しばらくの沈黙の後、セシエ公が口を開いた。


「時間をとっていただいて感謝します」

「いいえとんでもございません。今の王国でアンタール・フィリップ様にお会いするほど大事なことはないと考えておりますので」


 王女の言葉にセシエ公がわずかに口元を緩めた。


「今回の事態については正確にご理解されているものと思います。なにしろカリキウスの襲撃を事前にご存じだったほどですので」

「はい、私もそう思っております」

「それではくどくどしい説明は省きましょう」


 セシエ公はいったん言葉を切った。王女が先を促すように自分を見つめているのを見返して、


「カリキウスは処刑しました」


 勿論王女は知っていた。女官の内の物見高い者がわざわざ外城壁の外まで見に行って、見てきたことを恐ろしげな様子で噂していたからだ。ちらちらと王女の方を窺いながら、王家やその取り巻き達が同じ運命が見舞われないようにと大げさな身振りで祈っていた。女王は寝室で伏せったまま外へ出てこなかった。


「フィオレンティーナ女王陛下におかれても、カリキウスを側近く仕えさせていたという責任は問わざるを得ません。人を見る目が甘かったということで、ご退位いただいてジェルミナ神殿に入っていただきます」


 王女が少しびっくりしたように目を見張った。もっと重い処遇を覚悟していたのだ。王国には身分の高い囚人を閉じ込めておく牢もある。王女の助けでカリキウスの手から逃れることができたのだから、その母をまさか殺しはしないだろうと思っていたが、牢に閉じ込められることくらいは覚悟していた。神殿に入るのであれば、一生をジェルミナ神に捧げさせられるとはいえ、人と会うこともできるし、監視付きではあっても外出もできる。


「母上、― 陛下についてはそれで済ましていただけるのですか?」


 セシエ公が頷いた。


「あなたが次期女王になります。セルフィオーナ王女殿下」

「えっ?」


 これも思いがけない言葉だった。意外の感をあからさまに出して、


「てっきりセシエ朝を立てられるのかと思っていましたが」


 セシエ公が苦笑したように見えた。

 



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