第9話 シス・ペイロスの神 1章 集落長会議 4

 ラビドブレスがタギに訊いた。


「それでセシエ公はどれくらい鉄砲を持っているのだ?」


 タギが肩をすくめた。


「そんなことは知らない。だが、ニアを攻めたとき三千丁持ってきた。」

「三千丁!」


 男達が息をのんだ。またがやがやと話し始めた。


「なんてことだ、そんなに鉄砲を持っているのか」

「アラクノイ様に出て貰わなければ・・」

「そうだ、アラクノイ様の雷光ならあんな鉄砲など問題にならない・・・」

「しかし数が・・・、三千丁もの鉄砲に敵うのか?たったー」


 そこでまたラビドブレスが合図して皆を黙らせた。


「タギ、鉄砲の使い方を知っているのか?」

「詳しくは知らない、使ったことがない武器だからな。しかし、筒先から火薬を、火を付ければ爆発する粉のことだが、それを入れ、それから弾を入れて火薬に火を付けるのだ。そうすれば筒先から弾が飛び出ることぐらいは知っている」

「俺たちにも使えるのか?」

「火薬と弾があればな。使い方さえ覚えれば誰でも使える」

「・・アラクノイ様の雷光とは違うのだな・・」


 集落長の一人が呟くように行ったのをタギは聞き逃さなかった。

 それ以上訊きたいこともないようでタギとヤードローは部屋を出された。部屋に残った集落長達が声高に議論しているのが、遠ざかるタギの背中越しに聞こえた。

 クルディウムの出張所までの道を戻りながら、タギは今聞いた言葉を反芻していた。

―川向こうの事情に係わる。

―アラクノイ様を行かせた。

―セシエ公を怒らせた。

 そして、『アラクノイ様の雷光』、一つ一つの言葉が腑に落ちるようだった。


 やっと解放されて、ヤードローはご機嫌でキワバデス神殿の境内に持ってきた品を並べた。大量に仕入れてきた商品もさすがにここまで来ると残り少なくなっていた。それでもまだかなりの量の茶、香辛料、布、装身具があった。参拝に来た人々が品物の周りに人垣を造り、品を手にとって調べては買っていった。タギは商売をヤードローとランに任せて境内をぶらぶらしていた。正門から入ってたくさんの木が植えてある広い境内の正面に神殿がある。真正面に一つ、左右に一つずつ同じ高さの尖塔を持った建物だった。ここまでの黒森の中の集落にあるキワバデス神殿は一つの尖塔しか持っていなかった。それが三つあるのが本神殿の印だった。正面の尖塔の下に付いている扉をたくさんの人がくぐって建物に入り、左右の尖塔の下の扉から出てくる。白の上着に赤の長いスカートという女達が通っていった。キワバデス神の巫女だった。タギは建物には入らずその周りを一見のんびりと回った。神殿の裏手は小高い丘になっていて、広い丘には木がびっしりと植わっている。境内の木は明らかに人の手で植えられたものだったが、丘の木々は原生林だった。神殿以外にもいくつか建物があり、倉や、巫女、神官の住まいになっていた。ひときわ豪華な建物が現在の司祭長であるカバイジオスの住まいだと、タギは参拝に来ていた女から聞いた。

 境内を一通り回ってから、タギは他の参拝客に交じってキワバデスの本神殿に入った。基本的に誰でも入れる建物だった。丈の高い扉をくぐると吹き抜けの大広間になっていて、尖塔に開けてある小窓からの明かりと、周りの壁に付けてある掛け燭の蝋燭に照らされて、奥に神体があった。ゆっくりと参拝客が奥の方へ、神体の方へ歩いていく。神殿のそこここに巫女と神官が立っていて、参拝客と話をし、手を合わせる参拝客から何かを受け取っている。タギは巫女や神官には近寄らず、神体の方へ進んだ。


 そしてそこに―タギは見たのだ。


 タギがヤードローのところへ戻ったとき、ヤードローの並べていた品物はほとんど無くなっていた。ヤードローはにこにこしていた。となりに慎ましくランが控えている。


「よお、タギ。あらかた売れたぜ」

「そうみたいだな、商売繁盛で結構なことだ」


 ヤードローがきらりと目を光らせて、声をひそめて訊いた。


「あんたにはこれからなんだろう?なにかありそうか?」


「そうだな・・・・」


 タギは言葉を濁した。どう話していいものかタギにはまだ決心がつかなかった。

 店をたたんでタギとランとヤードローは宿を取った。監視の眼が付くクルディウムの村の出張所に戻る気はなかった。アトーリにはキワバデス神の本神殿がある所為で遠くからも参拝客があり、黒森の中の集落にしては珍しく旅人を泊める宿がある。クルディウムの出張所に預けてあった馬を引き取って三人は宿の扉をたたいた。



 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る