第9話 シス・ペイロスの神 1章 集落長会議 3

「ヤードロー」


 ラビドブレスがヤードローに声をかけた。


「マギオの民が黒森の外れに押しかけて、我らと小競り合いを演じているのは聞いたろう」


 ヤードローは頷いた。


「我らが知りたいのは、なぜマギオの民がそんなことをしているのかということだ」

「そんなことならキンゲトリックに既に言ったぜ。俺には分からないってな」


 ラビドブレスが重ねて尋ねた。


「おまえ達は川向こうから来た。俺たちよりも川向こうの事情に詳しいはずだ。マギオの民がシス・ペイロスに入ってくるような、何かそんな理由に心当たりはないのか?」

「マギオの民のことなんか、ランディアナ王国でも普通の人間は何も知らないぜ、その名前を聞いたことがあっても会ったことのある人間なんかほとんどいない。俺だってマギオの民に会ったことなんか無い。王国内で奴らがどんな風に思われているかはキンゲトリックに言った通りさ」

「セシエ公に雇われていると言ったそうだな?」


 ラビドブレスがタギの方を向いて訊いた。


「少なくともマギオの民の一部はそうだ、と言ったんだ。そういうもっぱらの噂だ」


 タギが答えた。そして続けて言った。


「それに鉄砲のことがある。ランディアナ王国で鉄砲を一番たくさん持っているのがセシエ公だ。戦場で使うのも上手い。マギオの民が本当に鉄砲を使っているなら―俺には信じ難いことだが―ますますセシエ公との結びつきが示唆される。セシエ公から提供されている可能性が高いからな」


 タギの言葉を聞いて議場がひとしきりにぎやかになった。中にいる男達がてんでに発言し、数人のグループに分かれて話し始めたのだ。大声ではなかったし、いろんな言葉が混ざって聞き分け難かったが、タギはその中に、


「だから、川向こうの事情に係わっては行けなかったのだ・・」

「アラクノイ様を行かせたのは間違いだったのだ、セシエ公を怒らせただけではないか・」

「少数の長達の独断の所為で・・」

「あんな口車に乗って・・・」


 というような言葉を聞き分けていた。もちろんタギは自分がそんなことを聞き取っていることを気配にも見せなかった。


「静かに!」


 ラビドブレスの一声で男達のてんで勝手な発言も収まった。事情の分からない言葉がたくさんあったが、考える材料の多い男達の発言だったので、静まってしまったのはタギにとって残念だった。しかし聞いたことはしっかり頭の中に入れた。

 ラビドブレスがタギからは見えない足下から何かを取り上げる動作をした。ラビドブレスが取り上げたのは一丁の鉄砲だった。


「こいつは」


 ラビドブレスはタギに向かって言った。


「ラスティーノに押しかけたマギオの民から奪ったものだ。見覚えがあるか?」


 タギが頷きながら答えた。


「鉄砲だな」

「奴らはこれをたくさん持っている。弓とは比べものにならないくらい遠くを撃てるし、良く当たる」


 だから苦戦しているのだろう。いくらマギオの民とは言ってもたかが百人だ。フリンギテ族の動員人数とは比べものにならない。マギオの民はセシエ公の正規兵よりも森の中での戦いには慣れているし、フリンギテ族にもひけを取らないだろう。しかし鉄砲がなければ所詮は多勢に無勢になる。動員されたフリンギテ族にすりつぶされてそれで終わりだ。フリンギテ族もそのつもりだったのだろう。それがマギオの民が持っている鉄砲の所為で大きく目論見が外れた。フリンギテ族も焦っているのだ。


「こいつを防ぐ方法を知っているか、タギ?」

「剣や盾で防ぐことはできない。鉄製の盾なら別だが。狙われたら物陰に隠れるか、隠れるところがなければ地に伏せるのだ。そうすれば的が小さくなるので当たりにくい。ただしどれも名のある戦士はやりたがらない方法だ」


 ラビドブレスが苦笑した。


「確かにな、フリンギテ族でも腕に自信のある男達は嫌がるだろう。こいつを向けられるたびに隠れたり伏せたりじゃ、はなはだ意気が上がらないからな」


 タギが肩をすくめながら返事をした。


「それでそのまま突撃して真正面から撃ち倒されるんだ」


 キンゲトリックが嫌な顔をした。その通りだったのだ。

最初は何のまねをしているのだと思った。妙な筒をこちらに向けて構えていたが気にせず打ちかかろうとした。他の集落から集まった男達と合わせて二百名に近い勢力だった。やっと半分しかいない相手をなめていたと言っていい。相手は弓さえ射ってこなかった。あと十歩も走れば剣が届くという距離まで近づいて、勇躍して剣を振りかぶったときにいきなり轟音がして、筒先が火を噴いた。周りで仲間達が悲鳴を上げてばたばたと倒れ、思わず立ち止まって呆然としているときにもう一度斉射を受けた。キンゲトリックが撃たれなかったのは幸運な偶然に過ぎなかった。逃げ腰になった味方に敵が襲いかかった。一方的な闘いだった。仲間達の累々たる死体を後に残して退却せざるを得なかった。フリンギテ族の戦士達は懲りもせずにあと三回同じように突撃を繰り返し、三回とも手ひどくやられて退却した。乱戦になったときにキンゲトリック達はそれでも二人の敵に手傷を負わせて捕らえ、鉄砲も一丁手に入れた。それが最大の戦果で、味方の損害に比べると情けないほどだった。キンゲトリックも最後の突撃で足に銃弾を受けた。それまでの戦いで既に何百人ものフリンギテ族の男達が死んでいた。マギオの民の損害は極めて軽微だった





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