第9話 シス・ペイロスの神 1章 集落長会議 2

 タギもランも久しぶりに体を拭いて、さっぱりした。灯りを消して、寝台に潜り込んだ。ランの左手がそっと伸びてきてタギの右手を握った。タギがその手を引いた。ランの体がタギの側へ来た。タギはランの首の後ろに右手を回した。ランの方へ顔を向けて腕を曲げた。目の前にランの顔があった。潤んだような瞳でタギを見つめている。ランの唇に唇を重ねた。ランが目を閉じた。長い長い口づけだった。ランが両手をタギの首に回した。


「ラン・・・・」


 タギの体に密着している体が火のように熱いとランは思った。タギはそのまま長い間、ランの体を抱いていた。二人とも動かなかった。隣の部屋の人の気配もいつの間にかなくなっていた。体を硬くしてじっと抱かれていたランがいつの間にか寝息を立てていた。タギもランの寝息を確認してから、眠った。

 タギはランを抱きたかった。しかしそれがどうしても出来なかった。タギの眼にはランはまだ幼かった。男としての自分を見せるには痛々しい感じがぬけなかった。それに、この方が大きな理由だったが、自分が、遺伝子操作を受けている自分が抱いてもいいのかという逡巡が、どうしても消えなかった。ランが家族を持ちたいと思っているなら、タギがランを抱くことはその妨げになる可能性がある、その思いがタギを躊躇わせていた。


―俺たちには子供を作ることはできない、行為はできるがな。

年長の『戦士』がそう言うのを聞いたことがある。

―俺たちは結局使い捨てなんだ。再生産ができないのだから。


 その言葉を聞いたときタギにはまだ本当にはその意味が理解できなかった。しかしその言葉はいつまでも記憶に残った。今なら分かる。遺伝子操作が『戦士』の生殖能力を奪ったのだ。それは初代の『戦士』からそうだった。意図したものではなかったが、市の幹部の中にはそれを聞いて安堵した者もいた。このことが、市が『戦士』を数多く造ることができなかった理由の一つでもあった。


 次の日の朝、日の出とともにタギは目覚めた。タギの腕の中でランが寝ていた。寝顔を見て、そっと額に唇を当てた。ランを抱いたタギの体が少し動いた。


「タギ」


 ランが目覚めて、タギを見つめた。


「おはよう」


 ランが抱きついてきた。タギが抱き返した。


 朝食の席にはもうヤードローが座って食べ始めていた。ザンドルーも同席していた。


「おい、タギ、神殿は昔通りだった。店を広げることができそうだ」

「そうか、よかったな」


 タギとランが座って食べ始めたとき、キンゲトリックが顔を出した。


「ヤードロー、タギ、悪いがな、店を出すのは後にしてくれ。ラビドブレス殿の館に来て欲しい。ラビドブレス殿も他のフリンギテの村長むらおさ達も、おまえ達から直接に話を聞きたがっている」


 ヤードローは苦い顔をした。芝居なのか、本気なのか分からないな、タギは表情を変えずに心の中で苦笑した。


「さっさと売るものを売って退散したいんだがな、あんた達が戦争しているところに長居はしたくない」

「時間は取らせない。それに俺たちに何も話さないで商売だけしようとしても、フリンギテの集落長会議は許可しないぞ」


 ヤードローは大げさにため息をついた。どうやら本気らしい、すっかり昔の行商人のときの気分になりきっている、それがタギの感想だった。


 ラビドブレスの館はごっつい丸太を組み上げた、頑丈な作りの建物だった。大きな建物の半分、道に面した玄関から入った方にはアトーリの町庁まちやくばと、フリンギテの集落長会議の会議場が設けられていた。タギとヤードローが案内されたのはその会議場だった。円形に席が設けられて、席の数が二十一とタギは数えた。背もたれの付いた木の椅子の上に様々な模様を織り込んだカバーで包まれたクッションが置いてあった。そのカバーに織り込まれた模様が各集落のシンボルだった。

フリンギテの長老会議は各集落の長をメンバーにすると聞いていた。つまり集落の数が二十一ということだ。二十一の席のうち十五が埋まっていた。席を埋めている男達は足下まで覆う長衣を着て幅広い帯を締め、帯から長剣を吊っていた。

 円の一部が切れて、席の一つが中に入っていた。議長席ということだろう、とタギは推測した。キンゲトリックに案内されて、タギとヤードローが議場に入っていくと議長席に座っていた男が立ち上がった。濃い髭を蓄えた堂々たる偉丈夫だった。着ている服の模様も手の込んだもので、腰に吊っている長剣も凝った装飾を付けた豪華なものだった。キンゲトリックより若いとタギは思った。


「キンゲトリック殿」


 男がキンゲトリックに声をかけた。キンゲトリックが軽く頭を下げて挨拶した。


「要請の通り、二人を連れてきました。ヤードローと」


 キンゲトリックはヤードローに顔を向けてから男の方を見、それからタギを振り返って、


「タギといいます。ラビドブレス殿」


 やはりこの男がラビドブレスか、まだ若そうだが、フリンギテ族のまとめをやるだけの貫禄を持っているようだ。キンゲトリックにかけた声も十分に威圧感のある声だった。人柄で人望を得るというよりは、武力を含めた実力で集団をまとめるタイプのようだ、とタギは思った。

 タギとヤードローが会釈すると、ラビドブレスが軽く頷いた。室内にいる他の男達も立ち上がってタギとヤードローを見ていた。ひそひそと仲間内で話している男達もいた。キンゲトリックがタギとヤードローを円の中心に連れて行った。









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