第1話 アルヴォン飛脚 5章 ならず者

 次の朝、カティーの用意してくれた朝食を食べてからタギとランは出発した。タギは背負っていた荷物を荷造りし直して、馬の背に乗せた。それでも、ラン一人ぐらいは乗る余地があったが、二人で乗るのは無理になったので、タギは馬の口を取って歩いていた。ランも、昨日たっぷり乗ったわ、と言ってタギと並んで歩いていた。


「寒くはないか?」


 秋の終わりは昼でも風が冷たい。


「大丈夫、タギと馬が風を遮ってくれるもの」


 昨日ほど急ぐ必要はない。あと三日でネッセラルへ着く。ネッセラルで荷を問屋に降ろして、カーナヴィーに向かう。ネッセラルからカーナヴィーまでは二日だろう。カーナヴィーからまたネッセラルまで二日かかる。雪が早ければもうアルヴォンへ入る時間はなくなる。この冬はネッセラルで冬籠もりかもしれないとタギは思った。

 テッセから西の道はずっと楽になる。崖縁をたどることも少なくなるし、道幅も広い。道の凹凸が激しいため馬車が通るのは難しいが、徒歩や、馬での通行は易しくなる。一度ランを馬の背に乗せたが、風が直接当たって寒いと言って降りて歩いていた。昨日は一日乗りづめで寒さなど感じなかったのに、とりあえずの危険から逃れると気が緩むものらしい。急ぐ必要も感じてなかったので馬を引いて、並んで歩いていた。


「もうすぐ雪なの?」

「たぶん、半月もすればね。雪が降ればニア街道は通れなくなるから、アルヴォン飛脚は休業になる」

「山の人たちはどうするの?冬の間ずっと町の中に籠もりっきりなの?」

「彼らはね、かなりの雪でも動ける。平地の人間とは違う。それでも一番雪の深い二月ふたつきほどは動けなくなるけれどね。それに冬でも結構忙しいんだよ。木工品を作ったり、毛皮をなめしたり、それから紙を梳いたり、冬の間も休まないからね」

「アルヴォンのことなんてなんにも知らなかったわ。こんな険しい山の中にも人の暮らしが有るなんて考えもしなかったわ。アペロニアはアルヴォンの南麓で毎日山を見ていたのに。それにアルヴォンで作られた椅子や、紙なんかよく使っていたのに。でもどの季節でも、緑が萌えているとき、紅葉の時期、真っ白に雪をかぶっているときでも、アペロニアから見るアルヴォン大山塊は本当にきれいだったわ」


 とりとめのない話をしながら歩いていたタギが急に足を止めた。身振りで黙っているようにランに指示した。タギの雰囲気が変わったのにランは気づいた。ささやき声でランが訊いた。


「なに?」

「やつらだ」

「えっ?」

「昨日『青山亭』でからんできた三人組だ。少し先で待ち伏せしている」

「追っ手なの?」

「違うな。追っ手の連中は統制のとれた戦闘集団だった。あの三人組とは雰囲気が違う。たぶん昨日カティーにやり込められたのが気にくわないんだろう」


 ランが心配そうな顔になった。


「どうするの?」

「まっすぐ行くさ。この道を行かなければネッセラルへは、着かないんだから」

「でも、黙って通してはくれないんでしょう?」

「黙ってはいないだろうけれどね、通してくれるさ」

「どうやって?お金でも渡すの?」


 タギは笑ってみせた。いつもの無邪気に見える笑いではなく、眼が笑っていない凄絶に見える笑いだった。それまでランが見たこともないような種類の笑顔だった。

 タギはランに馬を引いて少し後から来るように言った。腰にナイフを差しただけという軽装備で無造作に歩いていく。五十ヴィドゥーほど歩いて道を右に曲がったところで、案の定、三人の男が屯していた。三人とも長剣を腰につっている。鎖帷子の上に簡易の皮鎧を着込んでいる。皮鎧は傷だらけだった。タギとランを見つめてにやにや笑っている。

 タギは気にするふうもなくすたすたと三人に近づいていった。少し後から付いてきたランがはらはらしながらそれを見ていた。昨日カティーに気合い負けした男がタギの前に立ちはだかった。カティーより背が低かったが、タギよりは高い。下卑た笑いを浮かべながら凄んだ。


「待ちな、昨日はよくも恥をかか・・」


 男はせりふを最後まで言えなかった。タギがふっと飛び上がったと思ったら、男のあごに強烈な前蹴りをくらわせたのだ。男の体が吹っ飛んで、地面にたたきつけられた。そのままぴくりとも動かなくなった。タギは休まなかった。男を蹴った反動でさらに高く飛び上がったタギは空中で一回転して残りの二人の男のそばに着地した。そして後ろに控えていた二人が、なにが起こったのか分からずあっけにとられているうちに、一連の動作で二人の首筋に蹴りをたたき込んだ。鮮やかな身のこなしだった。ほとんど一瞬で三人とも長々と伸びてしまった。腰に吊った剣も、着込んだ皮鎧も役に立たなかった。

 昨日はカティーがかばってくれたからひどい目に遭わずに済んだのに、性懲りもなく突っかかってその報いを受ける。相手の技量を見抜くこともできない中途半端な力自慢が落ちる穴だった。

 ランがまた目を丸くしていた。そろそろと近づいてきて、伸びている男たちをこわごわと見下ろした。なにが起こったのかランには分からなかった。タギが男たちに近づいていったと思ったら、いきなりタギの体がめまぐるしく動いて、その動きをランは追いきれなかったのだが、あっという間に三人の男たちが伸びていた。


「行こう」


 タギがランから手綱を受け取って歩き始めた。何事もなかったように、特に急ぐでもなく街道をたどり始めたタギのあとをあわてて追いながら、ランはもう一度後ろを振り返った。間違いなく三人の男たちが伸びていた。


「驚いた。タギって強いのね」


 しばらく歩いたあとで、ランがあきれたようにタギに話しかけた。タギがランを振り返って笑った。また以前の無邪気に見える笑いだった。


「私は手強いって言ったぞ、ラン。聞いてなかったのか?」

「そうよね、昨日も十人の追っ手を一人で片づけたのだもの、強いに決まっているわね。でもこんなに強いとは思わなかった」


 ひょっとしたら父の下にいた騎士たちの誰よりも強いかもしれない。戦場での彼らこそ知らなかったが、城内で時々催された武術試合なら見たことがある。先ほどのタギほど鮮やかに相手を倒した試合を見たことはなかった。しかも相手は複数だ。


「でもどうして待ち伏せされているって分かったの?あんな手前から」


 タギは首を振った。答えたくないことだった。タギのそうした感情の動きをランは敏感に感じ取った。どんな人にも触れられたくないことがあるもの、でもゼリもカニニウスも鉄砲で撃たれるまで待ち伏せに気づかなかった。タギみたいなことができれば、あんなにむざむざあの二人がやられるなんてこともなかったのに。


「あの人たちどうなるの?」

「半刻もすれば気が付くさ。旅人も多いしね。その前に野生動物に見つかったらおかわいそうにというところだけれど」


 やつらの運が悪ければそういうことになる。そこまで気にしてやるつもりはなかった。タギが三人より弱ければ、やつらがタギとランにどんなことをするつもりだったか、それを考えればタギのこの態度は優しいと言ってもいいくらいだった。

 冷たい秋の風に追われるように二人は道をたどった。次の宿場町―ナブキア―にあの三人組は現れなかった。テッセに引き返したのか、それともほかの運命が見舞ったのか、タギは気にしなかった。

 次の日はニア街道の一番西にあるギルズに泊まって、その次の日の午後早くタギとランはネッセラルへ着いた。

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