第1話 アルヴォン飛脚 4章 テッセの宿で 3

「タギ、お湯をもらって体を拭きたいんだけれど、いいかしら?昨日拭いたばかりだけど、今日はずいぶん汗をかいたから」

「ああいいよ。カティー、この子にお湯と乾いた布を貸してくれるかな?」

「いいともさ。汗でべたべたしてると気持ち悪いものね」


 カティーは厨房へ行って木の桶にお湯を張って持ってきた。


「ほら、部屋まで持っていってあげるから、一緒に行こう。タギ、ここで待ってな」


ランが軽くタギに頭を下げた。


「ごめんなさい。すぐに済ませるから少し待っててください」


 ランとカティーが連れ立って階段を上っていくのを見送っていると、ターシャが近づいてきた。立っているタギの腕を後ろから取って力任せに引っ張って椅子に座らせた。ターシャは飾り櫛を外してまた三つ編みに戻していた。両手を腰に当てて少し低くなったタギの顔をにらみつけた。


「タギ、鼻の下を伸ばしていちゃだめよ!」

「ターシャ、鼻の下を伸ばしているってのはひどいな。ランが気になるの?」

「しょってるわね。何であたしが気にしなくちゃいけないの?」

「だってターシャ、今日はずいぶん変だぞ。入り口でも、料理を持ってきたときも機嫌が悪かったし。ランを睨み付けてたじゃないか」


ターシャが口をとがらせた。叫ぶように、


「そんなことしてません!」


 やれやれ、機嫌の悪い女ってのはこんな小さな子でも、扱いにくいものだ、ちょうど飾り櫛を頼まれていて、持ってきていたのは都合が良かった。機嫌を直すきっかけになった。それでも上機嫌が長続きしない。

 広間にいる客が少なくなって、暇になったウルススが酒瓶を持ってきた。


「どうだタギ、一杯やらないか?」


タギが笑顔になった。好物の酒だ。しかし今は荷物だけではなくランを連れて歩かなければならない。


「少しだけならな。とことんはつきあえないぞ」


 ウルススがテーブルの上に厚手のコップを置いて、山芋から作った透明な蒸留酒を注いだ。度の強い蒸留酒はかなり癖があって、好き嫌いのはっきりした酒だった。ウルススの自家製で、気に入った客にしか出さない酒だった。タギは一口飲んで、ため息をついた。


「うまい」

「今年の分はこれで終わりだ。あとは冬の間に仕込んでおかなきゃならない。あと半月もすると雪になる。テッセも冬ごもりだ。タギもこれが今年最後だろう」

「そのつもりだが、このところ妙に仕事が多い。ひょっとしたらもう一度ネッセラルからレリアンへアルヴォンを越えることになるかも知れない」

「もう止めといた方がいいんじゃないか?人を運ぶってのは疲れるからな。しかもこいつは臨時だろう?」

「驚いたな、何で分かるんだ?」

「あんたは人を運ぶときには、荷は運ばないか、そうでなくても少なくするんじゃないか?これまではそうだったぞ。今回はめいっぱい荷を持っている様に見える。いきなり入ってきた仕事だろう?」

「まあそうだ、訳ありでね」

「あの嬢ちゃん、いいところの子みたいだな。ターシャが焼き餅を焼いているが、比べる相手じゃないだろう」


 ターシャがウルススの背中を叩いて抗議した。


「焼き餅なんか焼いてないよ!」


 ターシャが力一杯叩いても頑丈なウルススはびくともしなかった。ウルススに顔をしかめさせるためにはそれこそ扉のつっかえ棒でも持ってきて叩かなければならなかっただろう。


「そうか?そんなふうに見えたがな。目の錯覚かな?だがあの嬢ちゃん、仕事ででもなけりゃ、お目見えすることもない偉いさんの子だぜ。だからターシャ、気にすることはない。タギにとってはただの仕事さ」

「だから気にしてなんかないって!」


 口をとがらせてターシャは抗議していたが、機嫌は良くなっていた。そう、タギにとってランはカーナヴィーまで連れて行けば、その後はもう会うこともないはずの少女だった。

 カティーとランが連れ立って降りてきた。カティーはランが体を拭いた湯を捨てるとタギとウルススの酒盛りに加わった。カティーもウルススに劣らず、酒に強かった。ランは楽しそうに大人たちが酒盛りするのを見ていた。カティーが用意してくれた、塩味の南京豆を時々口に運びながら。ターシャは慣れた手つきで酌をしていた。ウルススとカティーよりもタギを気にしていて、タギの杯の酒がほされるとすぐに注ぎ足した。大人たちは口数少なく楽しそうに飲んでいた。タギが最初に断ったようにとことんではなかったが、酒盛りは夜更けまで続いた。

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