第7話 レリアンの市 4章 “敵”の影 1

 タギの様子が急に変わったのにランは気づいた。たくさん並んだ小店のもうはずれになるところだった。気楽そうに店を冷やかしていたタギの足がみすぼらしい店の前で止まった。びくっとしたように視線が固定され、横顔が厳しくなった。もとから顔色のよい方ではなかったが、顔面が蒼白になり、唇を引き結んで目を大きく見開いていた。ランが見たこともないほど厳しい気配をタギは漂わせていた。


「えっ?」


 ランはタギの視線をたどって、タギが見ている物を探した。その店は市の中でも特にがらくたばかりを並べたように見える店だった。こんな物を買っていく人がいるのかしらと思えるほど、欠けたグラスやふたのない箱、柄の折れたブラシなどが小汚い箱を台にして、無造作に並べてあった。その中でタギが見ているのは奇妙な形をした、ランが見たこともない物だった。肘から先の腕の半分ほどの長さのずんぐりした円筒に、大小不揃いのいびつな球形のものが四つ付いている。

 店番をしていた男がタギのただならぬ様子に気づいた。タギの表情の厳しさに気をのまれたようにしばらく黙っていたが、思い切ったように声をかけた。


「へへっ、旦那、なにか気に入った物を見つけなさったんですか?」


 声をかけられてタギは男の方を見た。ずんぐりした小男だった。節くれ立った指と真っ黒な爪をしていた。愛想笑いの口元から汚い乱杭歯が見えていた。


「そいつ」


 タギはあごを動かして奇妙な物を指した。


「そのハン・、いやその奇妙な形のやつはどこで手に入れた?」


 男の目が小ずるく光った。舌なめずりしそうな口調で言った。


「えっ?これですかい?さすが旦那、お目が高い。これはうち代々に伝わる家宝で、絶対に手放しちゃいけないと言われてたんですがね、昨今の我が家の事情でどうしても金に換えなきゃならなくなったんでさ」


 タギの眼が冷たくなった。体全体から剣呑な気配が立ち上った。武術など全く心得のない男が思わず息をのむほどそれは強烈だった。


「嘘をつくな!あれはおまえの家にあるような物ではない!どこで手に入れた?」


 決して大声ではなかったが男には首に刃物を突きつけられたような感じがした。じっとりとした冷や汗が背中を伝った。ふっかける相手を間違えた、そんな思いが頭をよぎった。腰が抜けそうだった。やっとの思いで声を絞り出した。


「へっ、いや、つまりその・・・・」

「どこで手に入れた?」


 男は抵抗の無駄を悟った。正直に答えないと殺されるかもしれないと本気で思った。


「ひっ、拾ったんでさ。家の近くで。なにに使う物か分かりやせんが、ここに持ってくればどこかの間抜けが買うかもしれねえと思ったんでさ」

「拾った場所まで案内しろ」

「で、でもまだ市でなにも売れてないんですぜ、市が開いたばかりで。これで店を閉めなきゃならないんなら、今日は無駄足になっちまう。少しでも金を持って帰らなきゃ女房に叩きだされっちまいまさ!」


 タギは懐から銀貨を一枚出した。それを男に渡しながら、


「これで十分だろう、案内しろ!」


 銀貨を見て男の態度が変わった。タギが出した銀貨をひったくるように手にするとしげしげと眺めた。それから取り戻されるかもしれないことをおそれるように、慌てて懐に銀貨をしまい込んだ。少し腰をかがめて、タギの方を見てにやっと笑った。


「へっ、へい、喜んで案内しまさ。ちょっと待っておくんなさい」


 男は隣で店を出している男のところへ行ってなにか話していた。ややこしい話ではなかったようで、直ぐに戻ってきてタギに頭を下げた。

 ランはあっけにとられて見ていた。今まで見たことのないタギがそこにいた。こんなむき出しの刃物のようなタギを見るのは初めてだった。初めてあったときの、アルヴォン山中での追っ手に対したときや、三人の傭兵に対したときもタギの態度はどこかひょうひょうとしていて、こんな冷たく鋭い印象を与えなかった。

 タギはそれを手に取った。十何年も前に見慣れた物だった。“敵”のハンドレーザー、この世界にあるはずのない物だった。ずんぐりした円筒の先の一部が透明になっている。そこからレーザー光が迸る。円筒に付いた一番大きないびつな球形の物の横にボタンがある。それが引鉄ひきがねだろうと言われていた。人間が操作しても全く作動しない物だった。

 男が先に立って市場から外れる方向に歩き始めた。タギがそれに続いた。一人残されそうになってランがあわてて後を追った。


「タギ」


 ランがタギの手を引いた。初めてランを連れていたことに気づいたようにタギが振り返った。立ち止まったタギの帯びていた剣呑な気配が急速に収まった。


「タギ、どうしたの?なんだかいつものタギと違う」

「ごめん、ラン。少し頭に血が上っていた。でもこれはどうしても確かめなければならないことなんだ」

「うん、タギ。でもどうしたのかなと思ったの。なんだか私のことを忘れてしまったみたいに見えたから」







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