第7話 レリアンの市 4章 “敵”の影 2
タギはランになんと話そうかと考えた。でもとにかく今は詳しく話している時間がない。後でどれだけのことを話すにしても、今はとりあえず納得させるよりなかった。
「ラン、私はこの男と行かなければならない。宿で待ってて欲しい」
「一緒に行ってはいけないの?」
「ランは荷物を持っているからね。どこまで行かなければならないか分からないし、わざわざ付いてくることはない」
背に負ったリュータンのことだとランは思った。
「でもこれそんなに重くないのよ。背負っていてもちゃんと付いていけると思うわ」
危険かも知れないのだ。どういう経緯でこの男が“敵”のハンドレーザーを手に入れたのか分からないが、その近くにもし“敵”がいたら、そしてその“敵”が武装していたら、ナイフ一つでは分が悪い。いや鉄砲があっても分が悪いだろう。まして“敵”の戦闘獣なんかがいたら手に負えない。タギ一人なら何とかなるかも知れないがランを連れていてはどうなるか分からない。はっきり言ってハンドレーザーを持った“敵”に対して、ランをかばいながらの闘いは無理だ。そんなことを短時間で要領よくまとめて説明して納得させる能力は、タギにはなかった。“敵”も戦闘獣も見たことのないランにどんな言葉を連ねても、正確に告げることはできないだろう。危険かもしれないなどと言えば、なおのこと置いて行かれることを承知しないかもしれない。説明抜きに納得させるしかなかった。
「ラン、私一人の方が速く動ける、だから早く帰ってくることもできる」
何の説明にもなっていなかった。でも他になんと言えば良いのだろう。
「タギ」
ランの目に強い光が宿った。真っ直ぐにタギを見た。
「タギ、必ず帰ってくる?このままどこかに行ってしまったりしない?」
ランはタギのことをよく知っているわけではない。それどころか、これだけの時間一緒にいてもタギは自分のことはほとんど話さなかった。ランがあえて訊かなかったこともあったが、どこで生まれたのか、どんな風に育ったのか、ランと会うまでのことを聞いたことはなかった。何となく訊いてはいけないような気がしていた。それにさっきのように時々全く見知らぬ人になる。いつか自分をおいて行ってしまうかもしれない、そうなっても仕方がないけれど、できればそんなことにはなって欲しくなかった。そうなるにしてもできるだけ先のことにして欲しかった。タギの昔をあれこれ訊くことはそんな状況を早めるかもしれない、ランは密かに恐れていた。
タギは少しかがみ込んで、目の高さをランと同じにした。
「必ず帰ってくる。ランのところに」
この少女の側の他に、どこに行こうというのだろう。
「じゃあ誓って!」
「どうするの?」
「私の頭に右手を置いて『誓う』って言うの。必ず帰ってくることを」
タギは真っ直ぐに背を伸ばして、厳粛な顔になり、ランの頭に右手を置いて言った。
「誓う。必ずランのところに帰ってくる」
「私、宿で待っている」
ランはくるりと背を向けるとそのまま雑踏の中を宿の方へ歩いていった。なんだか知らないが涙が出そうだった。その涙をタギに見られたくなかった。タギは雑踏の中を遠ざかっていくランの背中が見えなくなるまでそこに立っていた。
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今日は短くなりました。ちょうど区切りのところでこれ以上長くすると中途半端になります。
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