第7話 レリアンの市 4章 “敵”の影 3

 男が-ゴドと名乗ったが-タギを連れて行ったのは、レリアンから東、北へ三里ほど離れた小さな集落だった。その集落のさらに北のはずれにゴドの畑がある。北側にある深い森が風を防いでくれるためかろうじて畑の体裁を保っているそこは、雑穀とジャガイモしか穫れないところだった。王国の中でももっとも貧しい土地であり、オービ川を越えた蛮族の地と大差ない場所だった。


「ここでさ」


 ゴドが指し示したのは畑と森の境に近い、何の変哲もないただの草地だった。でこぼこの、石ころだらけの荒れ地に背の低い木と雑草が気ままに生えていた。ゴドが指さしたところには、腰掛けるのに丁度良さそうな岩が転がっていて、その足下は人の足に踏まれて草がまばらになっていた。


「これを見つけたのはいつだ?」

「一ヶ月ほど前でさ。畑仕事が一段落してかかあの作った弁当を食おうとして座り込んだときに見つけたんでさ」

「いつもここで昼を食うのか?」

「へっ」

「その前の日もここで食ったのか?」

「よく覚えてやしませんが、大体そうだと思いやす。弁当を使うのはいつもこの辺りにしてやすし、あのころは休みなんか取ってやしませんから」

「じゃあその前の日には無かったものをその日に見つけたんだな?」

「そう言われれば、・・そのとおりでやす」

「その間に何もなかったのか?その前の晩や、その日の朝にいつもと違ったことはなかったのか?」

「さあてね。あまり覚えがありやせんね」

「妙なものを見なかったか?背が低いくせにやけに手の長いやつとか、ばかでかい鳥とか?その日でなくてもそんなものを見たことはないのか?」


 ゴドは首をかしげた。何を問われているかも分からない、といった表情だった。

タギはゴドが指し示した地点を中心に百ヴィドゥーほどを慎重に探索した。タギを見つめているゴドがあきれるほど時間を掛けて、ゆっくりと歩き回って、常人をはるかに上回る視力とタギ独特の感覚で探った。何もなかった。タギはため息をついた。


「そう言えば」


 ゴドが言ったのは、タギが探索をあきらめて元の地点に戻ったときだった。


「森番のヤードローがでかい鳥を見たとか騒いでたな」

「森番の?ヤードロー?」

「へっ、この森の番をしている男でやすが、滅多に森から出てこないくせに出てきたときには突拍子もないことを言うんでさ。いつもそうなんで、皆まともには相手をしないんですが。大体酔っぱらっていることが多いし当てにはなりやせんぜ」


 酔っぱらいの言うこととはいっても聞き逃せる話ではなかった。


「そのヤードローの所へ連れて行ってくれ。話が聞きたい」


ゴドは露骨にいやな顔をした。


「旦那、ヤードローの小屋はここからまだ二里もありまさ。そんなところまで行ったらレリアンへ帰って売り物を片づける時間がなくなってしまいまさ。隣の奴に番を頼んでやすが片づけまではしてくれやしませんから」


 タギはもう一枚銀貨を出した。


「これでいいだろう、あれを全部売ってもこれで十分釣りが来るはずだぞ」


 ゴドは銀貨を受け取りながら卑屈に笑った。


「へへっ、気前のいいこって。分かりやした、案内しやす」


 タギとゴドは森の中に分け入った。細い踏み分け道が森の奥に向かって続いていた。

 ゴドの言ったとおり、二里も歩くと粗末な小屋があった。タギがレノの森に持っている小屋より少し大きく、壁もしっかりしていた。ここはレノの森より冬がずっと厳しい。すきま風などはいると命取りかも知れない。雪に押しつぶされる可能性もある。その分だけ頑丈に作ってあるようだった。階段を二段上って板張りのテラスがあり、頑丈一点張りの扉があった。

 ゴドが扉を乱暴に叩いた。

 小屋の中から顔を出したのは無精ひげを生やした、大柄な老人だった。タギより頭一つ背が高い。頭は見事に禿げあがって鼻の頭が酒焼けし、酒臭い息を吐いていた。


「昼間からまた酒をかっ食らっているのか?いい身分だな、ヤードロー」


 ヤードローと呼ばれた男はゴドをじろりと睨み付けると面倒くさそうに言った。


「うるせー、俺が酒を飲もうとどうしようとおめえの知ったことか」

「ああ、俺の知ったこっちゃねえ」

「何の用だ、今頃?大体こんなとこまで滅多に来ねえくせに」

「おめえに客だよ。訊きたいことがお有んなさるとさ」

「客?」


 初めてヤードローはタギに目を留めた。不審そうな表情が浮かんだ。


「こんな野郎、俺は知らねえぞ」


 タギがゴドの前に出た。


「手間は取らせない。大きな鳥のことを訊きたい」


 ヤードローが胡散臭そうにタギを見た。


「大きな鳥?おめえはこんな酔っぱらいの言うことを信用するのか?」

「そうだ。もし大きな鳥のことを知っているなら話を聞きたい」


 ヤードローはタギの言葉を鼻先で笑い飛ばした。


えんな。どうせまた後で笑いものにしようってんだろ?話すことなんかねえよ」


 ヤードローが乱暴に扉を閉めようとするのを、タギが足で止めた。手で扉を無理矢理こじ開けた。ヤードローも懸命に閉めようとしたがタギの力の方が強かった。顔を真っ赤にして力比べをした後、ヤードローはあきらめて力を抜いた。年寄りにしては力が強かった。見かけほどの年ではないのかもしれない。


「ちっこくって、細っこいくせにやけに力の強い野郎だな、あんた」


 おめえがあんたに変わっていた。首を振って、


えんな、話が聞きたいなら話してやるよ」


 タギが小屋へ入ろうとするのに、ゴドが後ろから声を掛けた。


「旦那、俺の用事は済んだんではねえですか?けえらせて貰いやすぜ?旦那の帰り道は一本道で迷うこともありやせんから」

「そうだな」


 もうこれ以上の情報はこの男から得られそうもなかった。


「いいだろう、また訊くことができるかも知れないが、今日はご苦労だった」

「へへっ」


 ゴドは顔に愛想笑いを浮かべ、二、三回ぺこぺこと頭を下げて去っていった。








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