インテルメッツォ 2
タギはほとんど祖父に育てられた。父は早くに“敵”との戦闘で殺され、母は市の幹部でめったに家に帰ってこなかった。祖父は退役するまで“敵”と戦って生き延びた数少ない人間の一人だった。祖父はタギのために食事を作り、遊び相手になってくれた。タギの身体能力は飛び抜けていたので、祖父は遊びでもタギの相手をするのに手を抜かなかった。
タギは祖父から刀の使い方を教えられた。毎朝祖父は太刀を持って、型の練習をしていた。無駄な動きを一切なくした、舞うような動きだった。祖父の仲間がきて、組太刀をすることもあった。二人の動きはむしろ緩慢にみえたが、太刀が空気を切る音が聞こえた。刃引きをしてある太刀なのに、祖父はそれで直径十センチくらいの木を楽々と斬った。
四歳になってタギは祖父にせがんで型の練習を始めた。飲み込みの早いタギに祖父は眼を細めた。七歳になると体格の差は大きかったが、タギは祖父と組太刀ができるようになった。祖父は硬質セラミックを削りだしてタギの体格に合う刀を造ってくれた。大人の目にはナイフにしか見えなかったが、七歳のタギには十分な大きさの刀だった。いくらか反りの入った片刃の刀で、刀身は細かったが硬く鋭く、祖父はそれで小指ほどの太さの鉄の棒を簡単に切った。タギが同じことができるようになったのは九歳になってからだった。市が“敵”に蹂躙される二年前だった。
タギは、タギたち『戦士』は市にとって切り札だった。“敵”との長い戦いの中で急速に人的資源を枯渇させた人類は、数の劣勢を質で補おうとした。遺伝子工学とサイボーグ技術を総動員して、卓越した『戦士』を造ろうとしたのだ。短いが激しい論争の後その方針が採択され、何世代かの試行錯誤を経た後、タギたちの世代がその完成品になるはずだった。六歳から軍事教育を受け、訓練を受けた。その中でタギは自分と同じように生まれた仲間を得た。数は少なかったが。訓練を始めて二年も経つと、現役の大人の兵士と互角に戦えるようになった。大人用の武器は手に余る大きさだったが、操作には習熟した。接近戦の体技はすぐに大人を圧倒し始めた。兵士達が相手にならなくなると年長の『戦士』が教え、年少の『戦士』はそれを急速に吸収した。
補助脳を埋め込まれると、タギたちの感覚は人間離れのしたものになった。視力も聴力も常人のレベルをはるかに超えた。中でもタギは飛び抜けていた。視力でも聴力でもない不思議な感覚を自分が持っていることにタギはすぐに気づいた。サイボーグ手術をしてくれた医師に尋ねてみたが、彼には説明できなかった。タギはそれを結界と呼んだが、自分を中心に、ある範囲にあるものすべてを感じて、知ることができた。結界の大きさは年齢とともに増大し、自由に大きさを変えることができるようになった。仲間に同じことができる者はいなかった。しかし仲間たちはタギがそんな感覚を持っていることを素直に喜んでくれたし、いずれ自分たちの役に立つことを信じてくれた。
しかし遅かったのだ。タギの仲間はあまりに少なかった。そもそも子供の数が少なくなっていて、その中で『戦士』の資質を持たせうるものはもっと少なかった。すでに成長して、戦場に出ている『戦士』たちの数は当初の予定の十分の一もなかった。人類にはもう予定通りの数の『戦士』を送り出す余力は残ってなかった。
少ない『戦士』を効率的に使うこともできなかった。戦闘力の卓越した『戦士』だけで部隊を構成し、運用する方がいいことは分かっていても、結局は少人数ずつばらまいて配備することになった。一般の兵士は彼らに付いていくことができなかったし、彼らは一般の兵士に戦闘行動を制約された。『戦士』だけの部隊を作ることに難色を示したのは、市と軍の上層部だという噂もあった。そんな部隊を作って主導権を取られるのを怖れたというのだ。ありそうなことだと、タギに戦技を教えた年長の『戦士』が言った。自分たちを十分に使いこなせない上層部に対する軽蔑を隠そうともしなかった。
そしてタギたちの世代が成長する前に終局を迎えた。
“敵”との戦いの中で常に劣勢だった人類は堅固な城市を築いてそこにこもった。広い地表を埋めるだけの人口を失った人類は、残った人々がなんとか防衛できる広さの土地を市に変えた。残された工業力のほとんどをつぎ込んで武器を造り、武器を取れる人をすべて動員して軍を作った。そして懸命に市を守った。しかしそれは“敵”に対する反撃ではなく、延命の処置でしかなかった。”敵”は急がなかった。人類の立てこもる拠点を一つ一つ落としていった。一つの市を落として次の市に攻めかかるまで何年もの時間をおくこともあった。人類は徐々にその力を殺がれていった。地表にいくつも作られた市は年とともにその数を減らしていった。
市はそのもてる軍事力のすべてを外哨戒線に配備した。『戦士』たちも十五歳になると一人前の戦力として扱われ、外哨戒線に配備された。だから外哨戒線が破られたとき、事実上市は陥落していたのだ。追いつめられた市民は市外に逃げ出すこともできなかった。隣の市まで何百キロもあり、市から持ち出したものを―食料も水も燃料も―使い切れば補充はなく、野垂れて死ぬだけだった。市の外は人間にとって不毛の土漠だった。
外哨戒線が破られて、市壁へ“敵”が殺到するまでの短い期間に、市は市民に、残されたすべての武器を配った。配られた武器を使いこなせるかどうかも考慮されなかった。数少ない武器が非効率に配られた。武器を持たされたのも老人と子供が大部分で、戦える大人は男も女も、わずかに残っていた要員と、負傷して市の病院で手当を受けていた兵士くらいだった。老人はかつて武器を使っていたがもはや忘れかけ、体力も落ちていた。子供は武器に慣れていなかった。その中で十五歳未満の『戦士』たちはもっとも頼りになる戦力だったが、数が少なすぎた。組織だった抵抗線さえ構成できなかった。
そして市壁は実にあっけなく突破された。
その混乱の中でタギは幼いルキアの手を引いて、市の中を逃げまどった。ルキアはタギの従妹で、タギにたった一人残された身内だった。逃げ延びることはできなくても、助けることはできなくても、最後まで一緒にいてやるつもりだったのだ。
あれから何年になるだろう。タギの年齢で考えると十数年になる。あの世界と、今タギがいる世界がどう繋がっているのかわからない。だからタギの生理的な時間経過で考えるほかないのだが、そうだとするともうとっくに市は敵に蹂躙されて、あそこで生き残っている人間はいない。タギの考えはいつもここで堂々巡りになる。もしあの世界に帰ることがあれば、どの時点に帰るのだろうか?火の壁に包まれて唯一残された道を走ったあの時点だろうか?もう廃墟と化した市の跡に戻るのだろうか?もっと前、ひょっとしたら幼いタギが祖父に太刀の型を教えてもらっていた時点だろうか?どの時点に戻っても市の運命は変えられないだろう。また友を失くすのだろうか?またルキアを見失うのだろうか?
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