第5話 アンタール・フィリップ・セシエ公爵 2章 セルフィオーナ王女 2

 王女は首を少しかしげたまま上目遣いにセシエ公を見て、口をほころばせた。


「何でも同じことではございませんか?先に手に入れてしまって、他から文句を言わせない力を持っていればそれが認められてしまいますもの。お酒などという可愛らしいものに限らず」

「それは確かにそのとおりですな。先に買い占められてしまえば、どうしようもない。あきらめるか、どうしても欲しいならさらにたくさんの金を払って買い占めた人間から手に入れるしかないわけですな」

「はい、それに力ずくで奪うという方法もありますわ。でも公爵様でしたら、そんなことをなさらなくても喜んでお譲りしますわ。」

「ほう、これはなかなか手厳しい、しかしうれしいことをおっしゃってくださる。私を特別扱いしていただけると、そういうことなのですかな?」

「はい、一人で持ちきれないなら、たとえ半分をお譲りしても安全に保持することを考えるべきと思いますもの。そして公爵様以上に安全を保証していただける方は王国内にはいらっしゃらないのではありませんか?」


 王女は可愛らしい口を小さく開いて上品な笑い声を立てた。公爵も髭に隠れた口元をほころばせた。二人とも相手の目が決して笑っていないことに気づいていた。


 セシエ公は王女についての情報を頭の中で整理していた。セルフィオーナ王女はたった一人の王家の直系だった。父親は王国の西の外れに領地をもつリウプラット辺境伯の次男だった。リウプラット辺境伯の領都カマヴィーノはランドベリに次ぐ規模の港をもち、交易で栄えている。西の大国レグニア、南の大国タグレイディアとの距離は、ランドベリとその二国の距離よりも近いのだ。リウプラット辺境伯はセシエ公に対しては風見鶏ではっきりした態度を示していない。しかし真正面から敵対する気はないようで、先般のカーナヴォン侯爵、ヴァドマリウス伯爵連合軍結成に際しては、誘われたが加わらなかった。父親は王女誕生から程なく、辺境伯領へ海路里帰りする際に海難事故で死んでいる。当初はいろいろ憶測が流れたが、結局は事故だった。王女自身はランドベリへ出てきた祖父と何度か会っているが、一度も祖父の地へ行ったことはない。セルフィオーナ王女は今でこそ利発で活動的と評価されているが5~6歳ころまでは言葉も遅く、表情にも乏しく、出来そこないという評価もあった。


 これまで余り注目しては来なかったせいもあって余り多くの情報はないな、セシエ公は心の中で苦笑した。しかし、

-使えるかもしれない-

人物評価に辛い公のとりあえずの評価だった。


 セシエ公はグラスに残った酒を一気に飲み干して立ち上がった。


「お招きいただいたことに感謝します。殿下。差し迫った用事がいくつもありますので失礼させて頂きましょう。しかし、王女殿下が買い占められたものを分けていただく件、是非お願いしたいものですな」


 王女も立ち上がって、セシエ公に対して右手を出した。


「わたくしもそう願っておりますわ、公爵様」


 セシエ公は腰をかがめて王女の手の甲に口づけした。細くて白い、セシエ公が力一杯握ればつぶれてしまいそうな手だった。


 宮殿の正面の扉を出て、内城壁の門に続く道を歩きながらセシエ公は供の男に話しかけた。後ろについてきている男のほうに顔を向けるでもなく、まっすぐ前を向いて歩きながら言葉を発した。


「ウルバヌス、王女との連絡役を務めよ」

「かしこまりました」


 ウルバヌスは三十前後の年格好の、背はセシエ公に負けないくらい高かったが、公のようにがっしりした感じのない男だった。しかしその細い体はしなやかで鞭を思わせる印象を与えていた。


 セシエ公が去ったテーブルにセルフィオーナ王女はまだ座っていた。まだ八割方残った酒瓶から二杯目をグラスに注いで手に持った。侍女がもの問いたげに王女を見つめていた。

 セルフィオーナ王女は侍女を見上げながら、その若さにあわない厳しい声で言った。


「サンディーヌ、よけいな興味は持たないことよ。あなたは私の言うとおり動いていればいいの。公のお供についていたあの男がきっと、私との連絡係になると思うわ。あの男が訪ねてきたらちゃんと取り次ぐのよ」

「はい、殿下」


 侍女は膝を折って丁寧にお辞儀をした。ながく侍女として勤めていれば王女の気質はよく知っていた。自分の方が年上のはずだったが、時として王女の方が遙かに世慣れた存在のように感じられることがあった。王女は二杯目の酒を一息に飲み干した。

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