第25話 エピローグ 1

 後に、フリンギテ族と巨大獣、翼獣がオービ川を渡ってからセシエ公がアトーリを制圧するまでの戦いは一括して、「シス・ペイロス戦役」と呼ばれるようになった。戦いのほとんどはオービ川の西側で起きたが、きっかけと終局がシス・ペイロスだったためそう呼んでも文句を言う人はいない。この戦役が終結したのはダングランに連れてこられた二十一人のフリンギテ族の集落長が、その地で斬首刑に処されたときとされている。この二十一人の集落長達は一人―キンゲトリック―を除いて年寄りばかりだった。


「何だ、あれは」


 サヴィニアーノ達セシエ公軍の幹部が納得しない声を上げたが、


「あれで良い」


 セシエ公の一声で黙ってしまった。


 またこの戦役はセシエ公爵家の権力基盤を強固なものにした戦いとして知られている。なにしろセシエ公爵家だけで、それまで見たこともなかった怪物達と戦って勝ったのだ。勝利の後は民衆からの支持は圧倒的だったし、未知の怪物と戦って勝利したのを見た他の貴族達は戦意を無くしてしまった。戦役でセシエ公爵家の常設軍―親衛隊―の半分を失ったとはいえ、その隙につけ込むことも出来なかった。王家との強い結びつきも王国中の人々に強い印象を与えた。



 戦役が終わって、シス・ペイロスは放って置かれた。セシエ公にはこんなところに領地をもつつもりは全くなかった。アトーリに、アラクノイが再度現れないかどうかだけを監視する監視所が設けられたが、二十年も経たないうちにいつの間にか無くなってしまった。戦役の記憶が残ったまま、王国の人々はシス・ペイロスに再び無関心となり、シス・ペイロスの人々は二度とオービ川を渡らなかった。フリンギテ族は王国に侵入したときの人の損失が大きく、結局人口の回復は出来ず、カミオッタ族の支族として辛うじて存続した。黒森の中の集落にあったキワバデス神殿はすべて破却され、二度と建てられることはなかった。黒森の住民もいつの間にかキワバデス神を忘れ、他の神を信仰するようになった。アラクノイもその戦闘獣も二度とこの世界の人々の前に現れることはなかった。




 アルヴォンは、セシエ公の方針によって王国との交易が盛んになり、王国には及ばないまでも豊かになった。交易のため人々はニアを初めとするニア街道沿いの町に集まるようになり、山奥の集落は放棄された。交易量は年々大きくなり、多くの山人がそれによって生活をするようになった。主力商品である木工品と紙の品質は上がったが、山間のわずかな平地で営まれていた農業はいつの間にか廃れてていった。人々は食料の多くを王国に頼るようになったが、交易によってそれを賄う金が入るようになって気にしなくなった。豊かになると、以前の平地者へいちものに対する対抗心が薄れ、経済を王国に依存していることもあり、自治を認められた属国のようになった。南カンディア街道までは王国の支配下に入ったが、それより奥の地域が王国の中に組み込まれることはなかった。王国の方が嫌ったのだと言われる。



 マギオの民は、シス・ペイロス戦役が収まって五年もしないうちに、それまでマギオの民を治めていたハニバリウス一門を失った。跡継ぎである長男を失ったガレアヌはその後体の不調を訴えることが多くなり、自分のあとのマギオの民のおさを決めないまま死んだ。ガレアヌスの死後、突出した力を持つ民が残ってなかったためもあり、だれがその後のマギオの民を治めるかで血腥い内紛が起こった。そのためさらにその力を弱めた。誰をも納得させるような強者がいなくなっていたことが内紛を長引かせた主たる要因だった。結局ランディアナ王国に取り込まれる形で内紛が収まり、それ以降は王国の諜報・謀略を担う機関になった。しかし昔日の能力を回復するには時間がかかり、フェリクス王の時代になってやっと王から評価されるような存在になった。



 セルフィオーナ王女はシス・ペイロス遠征から帰国するとすぐにランディアナ王国の女王に即位した。セシエ公は三年をかけ、シス・ペイロス戦役で四軍のうち二軍を失った親衛隊を再建し、王国の東西に残った、未だ従わない勢力を平らげ始めた。もはや軍事力で対抗できる貴族家はなく、ヴァドマリウス伯爵家が潰されると他の貴族たちは戦いもせず手を挙げた。その後はセシエ公の遣り方に不満は持っても、それを表に出すことなど考えられもしなくなった。貴族たちは領地を召し上げられ、召し上げられた領地の豊かさに応じて年金を支給され、能力のあるものはセシエ公が作った官僚組織の中に組み込まれた。このときに従来の貴族制はその実質を失った。貴族にはある程度の教育を受けたものが多かったので、当初は官僚に採用される者も多かったが、教育制度が整備され、平民からも才能が抜擢されるようになると徐々に没落し、新しい体制の下で成り上がってきた高級官僚・新興貴族に取って代わられるようになった。領地をもたない新興貴族は言わば人材の補給庫だったが、人材に枯渇すると容易く没落し、新たな人材に置き換えられた。二十年もすると、ランディアナ王国は領地を持つ貴族の連合体から王家に権力が集中する中央集権国家に変わった。セシエ公が作り上げた精緻な官僚組織はその後長く、王国を支える礎となった。


 セルフィオーナ女王は摂政セシエ公爵の補佐を受け、よく王国を治めた。セルフィオーナ・オーギュスタ・ランドは正式の結婚をしないまま三人の子を産んだ。父親が誰か、誰の目にも自明のことだった。三人の子のうち、二人が男児でちゃんと成人した。長男が二十五歳の時譲位して、それで、女王が続いた時代は終わった。フェリクス・オーギュスト・ランドは王国の中興の祖と言われたが、フェリクス一世以降セシエ=ランド朝と称されるようになった。









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