第24話 シス・ペイロス遠征 4章 神殿崩落 4
一瞬神殿を燃やす炎が大きく立ち上った。そして・・・・。
大きな音がして、地面がいきなり突き上げるように激しく揺れた。神殿が焼け落ちるのを呆然とみていた人たちのほとんどが立っていられず悲鳴を上げながら尻餅をついた。かろうじて立っていたのはセシエ公と少数のマギオの民、それにセルフィオーナ王女だけだった。尻餅をついた人々が何だ?と互いに顔を見合われる暇も無く次の揺れが来た。
ドンドンドン、ドドンドン、ドン、ドンドドンと大きさも間隔も不規則な音と揺れが続いた。周りの建物が積み木細工を壊すようにひしゃげた。燃えながらもまだ立っていた神殿の壁が完全に崩れた。崩れ落ちた神殿から盛大に火の粉が上がった。慌てて立ち上がって逃げようとして、また揺れに転がされた人たちに、
「動くな!ここにはこれ以上壊れる建物もない。揺れがおさまるまでそのままで待っていろ!」
セシエ公の言葉に、立とうとしていた人たちはもう一度座り込んだ。セシエ公やセルフィオーナ王女も腰を下ろした。
どれくらいの間揺れが続いたのだろう、唐突に揺れが収まった。しばらく座り込んだままで様子を見ていた人たちが、ようやく立ち上がった。
顔を上に向けたとき、
「あれは何だ!?」
焼け落ちた神殿のさらに北の空に巨大な土煙が立っていた。
「あそこに何があった?」
セシエ公が、近くにいたキンゲトリックに訊いた。
「地下神殿があった場所です」
キンゲトリックも北の空を見上げて、どこか呆然とした様子で答えた。
土煙がある程度収まるのを待って、キンゲトリックの案内でセシエ公たちはその場所に近づいた。
「なんだ、これは?」
先に行った直衛隊の兵士達が大声を上げた。
そこには、巨大なクレーターがあった。差し渡し二里はあるだろう。クレータの切り立った縁に近づいて、セシエ公は底をのぞき込んだ。一番深いところで四百ヴィドゥーくらいかとセシエ公は見当を付けた。クレーターの底には不揃いな大きさの巨大な岩が無数に転がっていた。岩の間には、折れて押しつぶされた木々が横たわっていた。
キンゲトリックが呆然とクレーターを見ていた。そのままよろけるように膝を突いた。呟くように、
「地下神殿も崩れたのか・・。これで完全に・・・」
セシエ公が膝を突いたキンゲトリックの後ろに立って、
「地下神殿のことはマギオの民から聞いたことがある。その話からするとこの陥没は大きすぎるようだが」
キンゲトリックが膝を突いたまま後ろを振り返った。
「地下神殿の奥に、アラクノイ、ムィゾー、ブゥドゥーのための空間もありました。カバイジオスめが、十分な大きさがあって良かったと、アラクノイやムィゾー、ブゥドゥーが現れたときに嬉しそうに申しておりました。そこも含めて崩れたのではないかと思います」
セシエ公の疑問にキンゲトリックが素直に答えた。
「そうか、すると、本神殿は焼け落ち、地下神殿とアラクノイ、戦闘獣のための空間は崩れ落ちた。つまりアトーリでキワバデスを祭るためのものは全て壊れたということか?」
「私の知っている限り、そういうことかと存じます」
キンゲトリックはあくまでも素直だった。
「そうか、それでは私たちがシス・ペイロスに来た目的はこれで果たされたということでしょうな。殿下」
セシエ公は後ろに並んでいたセルフィオーナ王女に向かってそう言った。セルフィオーナ王女は優雅に片足を引いて軽く頭を下げ、セシエ公に祝意を表した。
「はい。そのとおりかと。おめでとうございます」
セシエ公は満足していた。わざわざシス・ペイロスまで遠征した目的は達した。さらに一種の鬼札と警戒していたタギもあの様子では生きてはいまい。タギが自分に忠誠を誓うなら、そしてそれが信用できるならタギは実に有用な手駒になるだろう。だがタギが口でどう言ってもセシエ公には信じ切れない。結局セシエ公にとってタギはどこまで行っても異邦人だった。それも極めつけに危険な異邦人だった。だからこれはセシエ公にとって最上の結果だった。
セルフィオーナ王女も焼け崩れる神殿と、それに飲み込まれたタギとランをみていた。あれではいくらタギでも無事には済まない、そう思ったがそれを悼む気持ちを表面に出すことはなかった。崩落した地下神殿の周りにいる人々を改めて確認してもタギもランもいなかった。タギと一緒にいることが多いヤードローが一人呆然とたたずんでいた。セルフィオーナ王女には、セシエ公がタギのことをどういうふうに考えているか分かっていた。それにタギとランが死んだとしても、それはセシエ公が意図したことではない。既に済んでしまったことをぐだぐだ言ってこの先のことを難しくするつもりは王女にはなかった。自分はこれからもこの世界で生きていかなければならないのだから。
後日、焼け落ちた神殿の残骸が確認のため片付けられた。そのとき、カバイジオスの死体は見つかったが、タギとランは、死体さえ見つからなかった。小柄な二人だったから骨まで焼けてしまったのだと作業をしていた兵士たちは噂した。神体の火は消えており、神体の両脇に立っていたアラクノイの像は燃え尽きていた。
ヤードローだけはいつまでもあきらめ悪く、焼け落ちた神殿の跡をひっくり返していたが、タギやランにつながるものは何も見つからなかった。骨だけではなく、身につけていた武器も、装飾品もそこにはなかった。
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