第10話 断章

 ・・・・遠い、遠い昔、まだ神の声を人間が直接聞くことが出来る時代があった。神は当然のごとく人間のそばにあり、人間は神との対話を記憶した。記憶は神官の口伝でのみ伝えられ、いつか神話になった。


―なぜ、わたしども本当の人間(ペイラ)にかくも過酷な土地を与えられ、あのような者ども(アペイロ)に豊かな土地をお与えになったのですか?


―我がおまえ達を選び、おまえ達が我を選んだからだ。ゆえにおまえ達は清浄でなければならぬ。贅沢に慣れて、神を祀ることもなく、神の名さえ忘れ去る様な者どもであってはならぬ。おまえ達に許すわずかな富も我の恵みであることを忘れてはならぬ。豊かさは神をおろそかにする。すべては自分の力と思いこみ、神の恵みに思いを馳せぬ。そのような民を我は長く容赦するつもりはない。おまえ達は我の試練に今応えているのだ。その試練の先におまえ達の未来があると思え。この地は過酷ではあっても不毛ではない。お前たちを清浄に保つだけのものはある。


―わたしどもは常にあなたの忠実な民、あなたを祀るために生まれた民であり続けたいと願っております。


―我を祀り、わが言葉を聞くことがおまえ達の務めだ。我のために生き、我のために死ね。それがおまえ達の存在する理由だ。おまえ達にとってこの世界が住みよいものでないことは、我も理解している。この世界は造り損いなのだ。我以外の神の意志があったからだ。おまえ達には意外かもしれぬが、我とて万能ではない。長い時間が我以外の神の排除に必要だった。だがそれももう終わりに近づいている。いずれ我はこの世界を造り替える。そのときまでおまえ達は清浄でなければならぬ。我を信じるのだ。我のみの意志でこの世界を造る、そのときこそ、おまえ達は最も豊かな土地、最も勇敢な男達、最も美しい女達、最も聡明な支配者を得るであろう。我に選ばれし者達よ、おまえ達はそれにふさわしい者であり続けなければならぬ。


―わたしどもはあなたの民、今も、これからもあなたのお教えに従いましょう。


―我が教えに従う者達よ、我はおまえ達に約束しよう、おまえ達は窮乏に苦しみ、辛酸をなめ、寒さに震え、餓えに悩むだろう。それがこの過てる世界でおまえ達を清浄に保つための唯一の手段であるからだ。しかし、いつかおまえ達の子が約束の園へ導かれるのだ。清浄を保ち得た民の子孫として、約束の園へ我はおまえ達の子を導こう。我はおまえ達のためにこの世界を造り替えるのだから。

我は火なり、我は水なり、我は動きなり。我はくうなり、我は気なり、我は転変なり、我は永劫なり。


―わたしどもは待ちましょう。キワバデス神が降臨なさるまで。いかなる試練、いかなる苦しみ、いかなる敵にも耐えてキワバデス神の降臨を待ちましょう。地が等しく平らかとなり、その跡に約束の園を築く、その日まで私たちは待ちましょう。本当の人間(ペイロス)の仮りの地(シス)で。


―おまえ達にさらなる仕事を命じる。我が神体の地下にある生泥せいでいを使って我が使い魔、アラクノイを作れ。七つのときから我に仕える巫女たちにそれを命じる。いかなる窮乏のときであろうと、いかなる餓えのときであろうと一一一人の巫女を常に用意せよ。巫女たちは一日に九九九体のアラクノイを作るのだ。そは巫女のもっとも聖なる務めと思え。生泥は絶えることなく地下にあるであろう。アラクノイは我が意志を体現し、アラクノイは我が手足となるであろう。

巫女は我のみに仕えるのだ。我のみに心を寄せるのだ。それを破った巫女は石を持て打ち殺されるであろう。


―なにごとも仰せの通りに。


―神体を囲んで神殿を建立せよ。そは我が仮の宿であれば、尖塔は三つでよい。中の尖塔に火を収めよ。右の尖塔に水を収めよ。左の尖塔に空を収めよ。神殿を囲みて町を作れ、いつかアラクノイが町にあふれ、ヴゥドゥー、ムィゾーとともにあるとき、最悪の敵をおまえ達は迎える。そのときに我は降臨する。


―我を見誤ってはならぬ。初源において我は火なり。すべてを焼き尽くす火なり。地を平らかにする火なり。そしておまえ達の子だけはすべてを焼き尽くした火の中から復活するのだ。


―我に選ばれし者達よ、我の声を聞く者達よ。我はキワバデスなり、我は破壊神なり、我は創造神なり。



                               秘口伝 断章








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