第15話 バルダッシュ攻防 1章 一回目の戦い 2
バルダッシュの町の中にはファッロに率いられた四千の兵士が潜んでいた。三日も前から、住民がすべていなくなった建物の中から出ないように、炊事の煙が立たないように気を付けながら四千の兵士が息をひそめて隠れていた。特に翼獣が上空を舞っているときは、四千の兵士は誰一人身動き一つしなかった。
セシエ公の兵士でダングラール伯爵領での戦いを知らないものはいなかった。巨大獣や翼獣、アラクノイの光の矢について、途方もない噂が飛び交っていた。それは口から口へと伝わるたびに尾鰭が付き、形がゆがんでいったが、今彼らが見ている巨大獣はその誇大な噂をさえ超えていた。彼らは冷や汗の浮かんだ手で必死に鉄砲を握っていた。
ファッロは鉄砲の射程に敵が入るまで撃ってはならないと、厳しく部下を戒めていた。市街戦でなければ倒せないと言ったウルバヌスの言葉をそのまま信用したわけではなかったが、十分に引きつけなければならないことは分かっていた。だからむやみに発砲することを固く禁じて、四千の兵、二千五百の鉄砲を城壁や望楼、街中の建物に隠して敵が近づくのを待っていた。
いかに鍛えられているとは言っても、四千の兵のすべてが同じくらいに緊張に耐えられるわけではない。悪夢の中の生き物としか思えない巨大獣が近づいてくる恐怖と懸命に戦いながら、彼らは略奪目的の蛮族が城壁にとりつき、城門を大きな槌で壊そうとし始めたのを見た。ただの人間である蛮族なら、そして城壁のすぐ下にいるのなら、鉄砲で倒せる、その思いが緊張にしびれた頭に浮かんだ。多くの兵はその考えを振り払ったが、数人の兵が思わず
数発の銃声がほとんど同時に響いた。
城壁の前に一瞬の静寂があった。銃声の数と同じ数の蛮族の男女が弾かれたように倒れ、略奪の期待にはやり立っていた人々は身をすくませ、引鉄を引いてしまった兵士は命令に反して撃ってしまった自分に驚愕し、城壁に押し寄せようとしていたフリンギテ族の戦士達は立ち止まった。
― 次の瞬間、城壁のあちらこちらから銃声が響いた。最初に響いた銃声が、懸命に恐怖と戦っていた兵士達の緊張の糸を切ってしまった。城壁の下で居すくんでいた蛮族の男女がばたばたと倒れた。撃たれなかった者、撃たれても負傷で済んだ者が慌てて逃げ出した。
城壁に付いた望楼に身を隠していたファッロが怒りに顔を真っ赤にしていた。彼の計画を台無しにした、だらしのない部下を口を極めて罵った。
足を止めていた巨大獣が全速での突撃にうつり、それに続いてフリンギテ族の戦闘員が突撃してきた。大きな方の巨大獣の背中から、レーザー砲の太い光条が奔った。間をおかずに奔るレーザー砲の光条は望楼の煉瓦の壁を突き破り、鉄で補強された城門を吹き飛ばした。巨大獣の前肢から伸ばされた鞭毛が望楼に巻き付き、そのまま力任せに引き倒した。ガラガラと崩れる望楼から悲鳴を上げながら、隠れていた兵士達がこぼれ落ちた。
次々と壊され、崩れる城壁から兵士達が逃げ出した。まだ攻撃されていない町中の建物に隠れていた兵士達も我慢できずに逃げ出した。巨大獣から少しでも離れたいという本能にも似た恐怖が兵士達の正常な判断力を奪っていた。上空を舞うアラクノイから細い青い光条が幾筋も降ってきて、城門内の街路を押し合いへし合いしながら逃げまどう兵を撃ち倒した。倒れた兵を足元に踏みつけながら兵達は逃げた。
あっという間にファッロの部下達は浮き足立ち、逃げ腰になった。組織的な戦闘などもうできなかった。
「戻れーっ、戦え!」
基部にレーザー砲による大穴の開いた望楼の上から、ファッロがどんなに大声を出して部下を叱咤しても無駄だった。大混乱の中でそんな声は誰にも聞こえなかったし、聞こえたとしても従いはしなかっただろう。
次の瞬間、望楼の上から、市中を逃げまどう部下達に対して身を乗り出して叫んでいるファッロを、背中から巨大獣の鞭毛が貫いた。
「うぐっ!」
致命傷を負いながら、自分を貫いた鞭毛を両手で握りしめたファッロを、巨大獣の鞭毛は高々と持ち上げた。そして巨大獣の頭部にも等しい高さから、壊れた城壁にたたきつけた。ファッロの潰れた体が城壁を、血の痕を引きながらずるずると滑り落ちていった。
壊れた城門を押し開いて、フリンギテ族の戦士達は町へ入ってきた。二匹の巨大獣も壊れた城壁を乗り越えた。上空を舞う翼獣に乗ったアラクノイのレーザー銃から容赦なく降り注ぐ光条が、逃げまどうセシエ公の兵達を次々に撃ち倒した。フリンギテ族の戦士に追いつかれた兵士は絶望的な反撃を試みたが、いったん怖じ気づいた兵は最早、兵ではなかった。町のそこここで繰り広げられ、破られた城門から波紋のように広がっていく戦いは、一方的な殺戮になった。ラビドブレスはフリンギテ族の兵士達の先頭に立って槍を振るっていた。一際体格に優れたラビドブレスの振るう長槍は次々とセシエ公の親衛隊士を屠っていった。
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