第15話 バルダッシュ攻防 1章 一回目の闘い 1

 バルダッシュの東市門の外にフリンギテ族の男達が集まっていた。いや、男だけではなく女も、フリンギテ族以外の黒森の住人、カミオッタ族や、シス・ペイロスの平原の民、トゥラン族、ギガタエ族の男女達もいた。総勢で三千人を超えるようになって、それは最早統制の取れた戦闘集団ではなくなっていた。戦闘を生業とする者だけでなくなったことも原因だった。


 ダングランの略奪はフリンギテ族を熱狂させたのだ。次々と運ばれてくる略奪品―絹、綿、毛織物、装身具、装飾品、食器、家具、酒、茶、香辛料、貴金属、宝石、そういう運びやすいものだけではなく、大型の家具、カーテンや絨毯の類まで外して持って行った。シス・ペイロスに入ってくる行商人がもってくるものより遙かに上等なものがふんだんにあった。それらの品々を見たフリンギテ族の男や女は大挙してオービ川を渡った。フリンギテ族だけではなく、少しでも分け前にあずかろうとした他の部族も加わった。フリンギテ族に比べれば少数だったし、主導権はあくまでフリンギテ族が持っていたが。


 ダングランは文字通り裸にされた。少しでもめぼしいものは全て持ち去られ、空になった家に火が放たれた。完全に廃墟と化したダングランを後にシス・ペイロスの蛮族達は西を目指した。ランディアナ王国の中心部の方へ、首都ランドベリの方へと続いているダラザ街道は巨大獣を先頭に立てた、フリンギテ族をはじめとするシス・ペイロスからの人間達であふれかえった。略奪品を満載した荷車が何台もシス・ペイロスへ帰っていったが、それに倍する荷車がその周りに大勢の人間を集めながら西へ、西へと進んでいった。

 ダングランからのダラザ街道沿いの村や町も略奪された。しかしいずれも人口がせいぜい一万までの比較的小さな町で、アラクノイ、フリンギテ族が近づくと空っぽになっていた。住民達はもてるだけのものを持って避難したのだ。文字通り、床板、天井まで剥がして探したが、残っていたものは少なかった。略奪を楽しみに集まった人々は欲求不満に陥っていた。その欲求不満はフリンギテ族の指導層にとっても、無視できるものではなくなっていた。彼らはより大きな略奪の機会を要求していた。

 フリンギテ族の指導層にとってはランディアナ王国からの定期的な貢納を承知させるため、それ以外の一般大衆はとりあえずの欲望を満足させるため、彼らは抜き差しならない場所まで行こうとしていた。


 バルダッシュはダングランに劣らない規模の町だった。シス・ペイロスの人々は久しぶりの大きな略奪の機会に気もそぞろだった。ランディアナ王国内のものは彼らが好き勝手に取り合いをする対象でしかなかった。

 彼らの目の前、半里ほどの距離に部外者を拒絶するように高い、バルダッシュの市城壁が建っていた。その城壁はシス・ペイロスの人々にはいつもお高くとまって、蛮人と彼らを見下すランディアナ王国そのもののように見えた。

 いつもなら市門が開かれ、近在の村や町からたくさんの人々がそれぞれの目的を持って、バルダッシュへ入ろうとし、あるいはバルダッシュから出ようとして、にぎわっているはずの時間だった。しかし今、市門は閉じられ、その周りには人間どころか、犬や猫の姿も見えなかった。

 上空からの偵察でもバルダッシュの中には人影もなく、ひっそりとしているという。その報告をアラクノイから直接に聞くことはできず、神官を通さなければならないのが、この遠征隊の指揮官、ラビドブレスの不満だった。神官以外の人間はアラクノイとはコミュニケーションができないのだ。さらにアラクノイはその使役獣、ヴゥドゥー、ムィゾーを使うことができるが、人間は神官といえども使役獣に命令することはできなかった。つまりラビドブレスの率いる一隊は、互いに自由に意志を通じ合える訳ではない、巨大獣、翼獣、アラクノイ、神官、神官以外の人間からなっており、神官以外の人間の中でも戦闘員と略奪目的の男女とに別れるという、雑多な集合体だった。勝っているときはいいが、一度負け戦になると収拾がつかなくなる、それはラビドブレスにもよく分かっていた。

 市城壁の上にも、城壁の所々に設けられている望楼の中にも人影は見えなかった。バルダッシュの町全体が静まりかえっていた。略奪目的でここまで来ている人間達が血走った目で町を見ていた。

 ざわりと、町を見つめる人々がざわめいた。ごくりとつばを呑む気配がした。次の瞬間、人々は我先に市城門めがけて走り出した。ラビドブレスにも、ラビドブレスの配下にも走り出した人々を止めることはできなかった。ラビドブレスが小さく舌打ちをした。


 フリンギテ族の戦闘員達はさすがに隊列を乱さず、控えていた。ラビドブレスの右手が挙がった。手に握られた長槍が陽を反射して光った。右手が振り下ろされた。バラバラに走り出した人々の後からゆらりと巨大獣が動き始めた。巨大獣の背中からアラクノイを乗せた翼獣が飛び立った。騎乗の戦闘員達が隊列を組んで市城壁に向かって進み始めた。




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