第14話 翼獣襲来 6
ドアの外で王女付きの侍女達がはらはらしながら待っていた。彼女たちにもわずかに開いていたドアの隙間を通して、女王とセルフィオーナ王女のやりとりが聞こえていた。謁見室を出てきて、颯爽と廊下を歩いていく王女の後を追い始めた。
「姫様、姫様!」
足早に歩くセルフィオーナ王女の後ろから声を掛けたのはサンディーヌだった。王女は振り返りもしなかったが、それでも歩速を緩めた。追いついたサンディーヌが後ろから声をかけた。その声が少し震えていた。
「よろしいのですか?」
セルフィオーナ王女は足を止めて振り返った。さすがに顔が上気していた。
「何が良いと言っているの?」
「陛下にあのようなことを申し上げたことです。あれではまるで決闘の手袋を投げるようなものではありませんか?」
サンディーヌの口調にわずかに非難めいたものが混じった。小さい頃からセルフィオーナ王女に付いていたサンディーヌには、王女に対して多少心やすく口をきくところがあった。姉のような気持ちもあった。セルフィオーナ王女は少し首をかしげながら答えた。
「陛下はお疲れのようよ。あの程度のことで平静を失われるなんて。そんなことでは王国の経営なんてとても重荷ではないかしら?」
「姫様!」
サンディーヌの声がほとんど悲鳴になった。しーっ、と王女は口に人差し指を当てて、それ以上のことを言わないように示して、またサンディーヌに背を向けて歩き出した。王女が大きくため息をついたのは自分の部屋に戻ってからだった。さすがに緊張していたのだ。サンディーヌの後ろから付いてきたミランダが慎重にドアを閉めた。
「サンディーヌ、お茶をちょうだい」
何か王女に対して言わなければならないと思っていたサンディーヌの機先を制して、王女が命じた。サンディーヌは少しためらったが、すぐに軽く会釈をして、茶の用意のために下がっていった。後にミランダが残った。無理に感情を押し込めているように無表情だった。
「ミランダ、あなたは何も言わないの?」
ミランダは軽く頭を下げた。
「私ごときが何を申し上げても、仕方のないことかと」
「私はあなたの意見が聞きたいわ。陛下はどう出てこられるかしら?あなたならかなり正確な予測ができるのではないかしら?」
「姫様の買いかぶりです。私にどうしてそのような推測ができるとお考えなのでしょうか?」
「あなたの方が経験が多いからよ。権力を持っている人間の気持ちを推測しなければならない場面に遭遇した経験がね」
ミランダは眉の間に皺を寄せた。口を小さく開けて、少しびっくりしたような眼でセルフィオーナ王女を見つめた。それから考え、考え、口を開いた。
「女王様は・・・おそらく何もなさいませんでしょう。姫様の態度を責めて決定的に離反することをおそらくお望みにはならないでしょうから・・」
王女は肩をすくめた。王女もそう考えていた。
「だから陛下は駄目なの。私を捕らえて幽閉されるくらいならまだ、望みはあるのに」
ミランダはもう一度軽く頭を下げた。王女の意見に賛成だと無言のままに示した。
「セシエ公はどうされるかしら?」
王女が話題を変えた。
「この襲撃でセシエ公の面目が大きく損なわれました。王都の人々は結構辛らつに権力を持っている人間を見ています。今セシエ公を冷ややかな目で見ている民は多いでしょう。それを態度に表すとは思えませんが。でもこのままで済まされる方ではないと思います」
「私もそう思うわ」
「ですからランドベリの守りを固めるより、積極的に打って出られるのではないでしょうか?怪物や蛮族どもはランドベリを目指しているという、もっぱらの噂ですから」
「そうね、だから王宮に兵をよこせと言っても、はいはいと聞かれるはずはないわね」
「多分王都を空っぽにしても、全力で東に向かわれるのではないでしょうか」
「陛下の機嫌がますます悪くなるわね。王家をないがしろにしていると、今でもそう思い込んでいらっしゃるのだから」
ミランダは意外なことを聞くという表情で王女を見た。
「ないがしろにされてないと、セルフィオーナ様はそう思われるのですか?」
「ないがしろにしているなら、とっくにセシエ朝を立てられているわよ。王家に利用価値がある間はそれなりに尊重してくれているわ。毎年収められている
随分と踏み込んだことを王女は言っていた。やはり女王とぶつかって気が高ぶっていたことが影響していたのだろう。
「姫様、差し出がましいこととは思いますが、一つだけ申し上げさせていただきます。セシエ公を自分の都合で動かそうとは決してなさいませんように。少なくともそれが公に分かるような形では。セシエ公は怖ろしいお方でございます」
そう、おそらくはマギオの民の長、ガレアヌス・ハニバリウスよりずっと怖ろしい。それは動かせる力の厚み、奥深さの違いだろう。セシエ公も、ガレアヌス・ハニバリウスも酷薄な男だったが、セシエ公の方がはるかに強い圧迫感を側にいる人間に与える人物だった。ミランダのような末端の人間にさえそんな印象を与えるほどだから、身近にいる人間にはどれほどの影響を持つのだろう、ミランダは頭の隅でそんなことを考えながら王女と話していた。セルフィオーナ王女がさらに何か言おうとしたとき、サンディーヌが茶を持って入ってきて、王女とミランダの会話は中断された。
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