第14話 翼獣襲来 5

 そして鉄砲を使ったことに関しては、後悔していた。アティウスに押し切られたのだ。新しく手に入れた武器を使ってみたかったのだろう。それでも最終的にウルバヌスが承知したのは、ウルバヌス自身も鉄砲を使ってみることに興味を持っていたことと、まさかシス・ペイロスでのことがセシエ公の耳にはいることはないだろうと考えていた所為だった。アラクノイとフリンギテ族が大挙してオービ川をわたってきたという今の展開は予想外だった。マギオの民が鉄砲を持っていることはまだセシエ公に伝えていない。伝えるか伝えないかの判断はおさのガレアヌス・ハニバリウスがすることだが、断りもなく鉄砲を持ったことをセシエ公がどう考えるか、ウルバヌスには判断できなかった。もちろんマギオの民が鉄砲を持つことにいちいちセシエ公の許可を求める必要など無いはずだが、それでも公の切り札的武器を断りなしに保持することを快く思うはずもなかった。

 セシエ公はまた口を閉ざした。鋭い眼光でウルバヌスを見つめた。この方に隠し事をするのは難事だろう、特に部下として長く仕えている者にとっては。ウルバヌスは背中に冷や汗を掻きながら、表面上平静な表情で控えていた。




 王宮の中は大騒ぎになっていた。王宮にも二匹の翼獣が襲いかかって、全部で五発の爆発物を落とし、逃げ惑う人々をレーザー銃で撃った。実際に建物に当たった爆発物は二発で、しかも内宮には一発だけで、それもテラスの屋根を壊した程度だったが、フィオレンティーナ女王の感情を逆撫でするには十分だった。女王は宰相のナザイスを前にしてパニックに陥っていた。

「セシエ公を呼びなさい!あのような怪物がランドベリに入ってくるなど、あってはならないことです!まして王宮の中にまで入ってくるなんて!ランドベリの警備はセシエ公の責任です。もっと多くの警備の兵を王宮に寄越すように命じなさい!」


 ナザイスも落ち着いてはいられなかった。人や建物の被害に関する報告が上がってきているのに、それを放り出して女王の下に来ていた。懸命に女王をなだめようとしていたが、どういえばいいのか分からなかった。結局平凡な言葉しか出てこなかった。


「陛下、陛下。どうか落ち着いてください。怪物はもう飛び去りました!今は後かたづけをしております」

「また来るかもしれないではないか!また今日のように好き勝手なことをされたらどうするのです?早急に対策をたてるのです!セシエ公を呼びなさい!」

「セシエ公がランドベリに滞在しているかどうか分かりません、しかし早急に王宮に伺候するように連絡いたします」


 ナザイスは這々ほうほうの体で下がっていった。逆上している女王をなだめることは彼にはできなかった。

 荒い息をつきながら、下がっていくナザイスを見ているフィオレンティーナ女王の横で、くすりと笑う声がした。無礼な!女王がきっと口を結んで笑い声の方を睨むと、王族専用の扉から謁見室に入ってきたセルフィオーナ王女が立っていた。セルフィオーナ王女は王宮が怪物に襲撃されたことにショックを受けたような様子は見せていなかった。軽く膝を曲げて、かすかな微笑みさえ浮かべながら、


「陛下、あまりナザイスをいじめるのは可哀想ですわ。ナザイスにはどうしようもないことですもの。セシエ公の館でさえ、怪物の襲撃を受けて館の一部が壊されたといいますわ」


 女王の周りにいた女官達が慌てて、セルフィオーナ王女を止めようとした。女官達にとっては許可も受けずに女王に話しかけるなど、例え王女といえど、とんでもない無礼だった。しかも内容は穏やかとはいえ、女王に対する批判だった。


「セルフィオーナ、そなた、セシエ公の館が襲撃されたからどうだというのです?王宮が襲われたことが大したことではないというのですか!?」


 フィオレンティーナ女王の矛先がセルフィオーナ王女に向いた。とがった視線が女王の不機嫌さを示していた。しかし、王女はびくともしなかった。


「セシエ公の館の方がずっと厳重に警備されていますもの。そこでさえ防ぎきれなかったのですわ。公も自分の館を手薄にしてまで王宮に兵を割いてくれるとも思えませんし、そもそも王宮に警備の兵を増やしても何にもならないのではないでしょうか?」


 女王は絶句した。ここまであからさまに王家とセシエ公爵家の力関係の逆転を口にするなど、まして王族の一人が口にするなど、フィオレンティーナ女王には我慢できないことだった。握りしめた拳をぶるぶる震わせながら強い口調でセルフィオーナ王女に命じた。


「セルフィオーナ、下がりなさい!許可があるまで私の前に来ることは許しません!」


 興奮のあまり声が裏返りそうだった。


「はい、陛下。承知つかまつりました」


 女王の逆鱗に触れたことなど気にしているふうもなく、セルフィオーナ王女は優雅に一礼して謁見室を出て行った。




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