第14話 翼獣襲来 4

 セシエ公はグラスをテーブルに置いてアリシアの方を向き直った。


「おまえと私とは違う。私ならあんな下手な射手の狙いを外すなど簡単だ」


 セシエ公は冷静に翼獣とその背のアラクノイを観察していた。光の矢も爆発物もその狙いが決して正確でないことを見抜いていた。隠れてしまうよりむしろ目の前で見ている方が安全だと見極めたのだ。落ちてくる爆発物はもちろん、光の矢に狙われてさえ、身をかわすことは難しくないと思っていた。だがアリシアは違う。戦う訓練など受けていない。自分目がけて落ちてくる爆発物を見ながら足がすくんで動けなくなることも、十分にあり得るのだ。そうであれば館の中に隠れている方がずっと安全だった。

 そこまで言われてはアリシアも頷かざるを得なかった。不承不承首を縦に振った。


「公爵様がそこまでおっしゃるなら、ご命令通りにいたします。でも公爵様も危ないことはしないでください。公爵様がバルコニーに立たれている間、生きた心地もしませんでした」


 アリシアは思い出しながら本当に青い顔をしていた。セシエ公に万一のことがあったら、と考えると心の底からふるえがきた。生きてはいられない、いや生きていたくない、アンタール・フィリップ様の居ない世界でなど。


「私は何もわざと危ないところに居たわけではない。やつらをよく見たかったのだ。いろんなことをダングランから逃げ帰ってきた連中や、マギオの民から聞かされたが、人伝ひとづてでない情報を得るまたとない機会だったしな」


 セシエ公はグラスの中の酒を一息に飲み干した。アリシアが空になった杯に酒を満たした。セシエ公はしばらく酒を満たされた杯を見ていたが、


「テカムセを呼びなさい」

「はい」


 奥に執事を呼ぶことは滅多になかった。しかしアリシアは素直に頷いて、テカムセを呼びに奥から出て行った。

 テカムセがすぐに顔を出した。アリシアを遠ざけてセシエ公はテカムセに命じた。


「ウルバヌスを呼べ」

「はっ?」


 テカムセの顔に疑問の表情が浮かんだが、セシエ公は繰り返さなかった。命令ははっきり伝わったはずだった。こんなときに問い返すのは禁物だということは、テカムセはいやというほど知っていた。


 ウルバヌスを直接奥に呼ぶ方法がなかった。だからこんな回りくどいことをしなければならない。何時でも何処でもウルバヌスに直接連絡が取れるようにするべきだなと思いながらセシエ公はまた酒を口に含んだ。

 テカムセがウルバヌスを連れて戻ってくると、セシエ公はテカムセを下がる様に命じた。これにも一瞬ためらいを見せたが、テカムセは素直に下がっていった。

 絨毯に片膝を突いて控えているウルバヌスを見て、声を掛けた。


「ウルバヌス」


 ウルバヌスは頭を下げた。なぜ呼ばれたのか、だいたいの見当はついていた。セシエ公はまた酒を口に含んだ。そのままかなりの時間、何も言わずにウルバヌスの方を振り向きもしなかったがウルバヌスは辛抱強く待っていた。黙って座っているだけのセシエ公から恐ろしいほどの圧迫感を感じた。セシエ公の部下なら、しでかした不祥事を、問われる前に喋ってしまうかも知れない、ウルバヌスはそう感じながら軽く頭を下げていた。


「ウルバヌス」


 セシエ公がもう一度声を掛けたのは、グラスの酒が空になってからだった。ウルバヌスはさらに深く頭を下げた。


「アラクノイと、巨大獣、翼獣のことだが、」

「はい」

「おまえ達は短い間にやつらについてずいぶん詳しくなったようだ。よく調べた。さすがはマギオの民だな」

「恐れ入ります」

「おまえ達は、どれほどの確度の情報なら教えるのだ?不確かなことは口にせぬのか、それとも確認が取れなくとも重要だと思えることは報せるのか?」


 アラクノイや、その使役獣について知り得たことを全て報せているのかという問いだった。ウルバヌスの予想通りの質問だった。予想しなかったのはこれほど単刀直入に訊いてくることだった。


「私どものお知らせした情報に今まで誤りは少なかったものと存じます」


 セシエ公は無言で頷いた。その通りだった。


「これまでは裏付けの取れた情報をお知らせして参りました。ただし今回は、情報収集の時間が短うございました。アトーリや、キワバデス神殿の中まで民の中でも腕利きの者を潜入させましたが、全ての情報に裏付けが取れたわけではありません」

「おまえ達の情報は必ずしも正確ではないかも知れないと申すのだな?」

「はい、それでも知り得たことは全て申し上げております」


 隠しているのはタギのことと、黒森で鉄砲を使ったことだけだった。タギがいなかったらアラクノイや、その使役獣についてこれほどの量と質の情報を手に入れることはできなかった。タギの言ったことに確認は取っていないが、欺かれてはいないとウルバヌスは思っていた。






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