第14話 翼獣襲来 3

 ウルバヌスが言葉を続けた。


「町の中に引きずり込んで、高い建物や塔に隠れて待ち受ければ鉄砲の間合いに入れるでしょう。そうしてアラクノイと、巨大獣の角を狙うのです」

「鉄砲の間合いにはいるまではやられ放題だぞ!ただじっと待っていろと言うのか?」


 ファッロが思わず大声を出した。近づいてくる怪物に対して、鉄砲も弓も射たずにただ隠れて待っていろなどと、兵に命じることができるだろうか。抵抗もできずに殺されるかもしれないことに、どれほどの男達が耐えられるのだろうか。


「そうです」


 ウルバヌスは無情なくらい簡潔に答えた。


「どれくらいの兵が鉄砲の射程に入る前にやられるか、それは分かりません。しかしいかに巨大獣、アラクノイといえどすべての建物を破壊し、その中に隠れている兵を倒して進むわけにはいきません。必ずどれほどかの兵が残るはずです。それが半分か、三分の一かは分かりませんが」


 ファッロは歯ぎしりをしていた。戦いに犠牲はつきものだ。どんな勝ち戦でも味方の損害がゼロということはない。その損害の中に自分が入るかもしれない。戦いを生業なりわいとしているものとして、その程度の覚悟はファッロも持っていた。しかし戦いに入りもせぬうちに半分の兵を犠牲にすることを前提とした戦いなど考えたこともなかった。


「ウルバヌスの言うとおりのようだ。しかし、やつらは本当にランドベリを目指してくるのか?」

「やつらはダングランで略奪に夢中になっておりました。ダングランだけの略奪では満足はしないかと存じます。人間の欲には歯止めがございません。どれほどの富を手に入れてもさらに多くを望むものでございます。それはシス・ペイロスの蛮族であっても変わりありませんでしょう。そしてなんといっても王国内でもっとも豊かな町はランドベリでございますから、ここを目指すかと考えます。それに先ほどの翼獣の襲撃もその前触れかと、存じます。」


 タギからやつらがランドベリに行くつもりだと聞いたことは伏せておいた。あくまで自分の推測として話した。タギのことを今、セシエ公に話すつもりはなかった。他の世界から来た人間がいるなどと話しても信じて貰えるかどうかも分からなかった。


「金でしか動かぬマギオの民が、自分のことは棚に上げて賢しらに申すことよ!」


 ファッロがウルバヌスの長広舌を嘲った。さすがにセシエ公がファッロを厳しい眼で見た。ファッロは口をつぐんだ。背中を冷や汗が流れた。セシエ公のこんな視線の意味は十分に解っていた。

 ファッロに視線だけで冷や汗をかかせておいて、セシエ公が続けた。


「まっすぐ来るとすれば・・・、途中にある大きな街と言えばバルダッシュだな」


 バルダッシュはランドベリの東、五十里ほど離れた町だった。ダングランからランドベリまでのダラザ街道沿いにある町だった。


「バルダッシュで迎え撃つとして、ウルバヌスの言うとおり建物に身を隠して、鉄砲の射程まで近づくことができるかな?」


 バルダッシュは小さな街ではないが、ランドベリほど大きな街でもない。どれほどの人数の兵をひそませておくことができるだろう。完全に身を隠すことを前提とすれば、せいぜい五千がいいところだろう、多ければ多いほどいいのだが、とウルバヌスは思ったが、もちろん口に出したりはしなかった。


「ファッロ、おまえに命じる。ランドベリにいる親衛隊を全部連れて行け、残すのは私の直衛隊だけでよい」


 ファッロが背筋を伸ばし、踵を打ち合わせて敬礼した。


「かしこまりました!」

「なんとしても鉄砲の射程内に入るのだ。優先的に狙うのはアラクノイと、巨大獣の角だぞ。ウルバヌスの存在が気に入らないからといって、その情報を無視することは許さん!」


 ファッロは改めて冷や汗をかきながら、セシエ公の命令を復唱し、受領した。





 もう部屋の中は薄暗くなっていた。わざと灯りを抑えさせた中でセシエ公はゆっくりと杯を口に運んでいた。度の強い透明な蒸留酒だった。セシエ公の横にひっそりとアリシアが座っていた。


「アリシア」

「はい」

「おまえはなぜ逃げなかった?あの怪物が館の上へ来たとき」

「公爵様が館におられるのに、私が館を離れるわけには参りませんから」

「怖くはなかったのか?」

「公爵様のお側なら・・・」

「この次からは逃げるのだ。あれは今までの常識では処理できない怪物だ。私もおまえを庇いきれないかもしれない」

「公爵様・・・・、この館は私の持ち場でございます。持ち場を守る責任があります」

「私が命じる。少なくとも光の矢で撃たれないところへ下がるのだ。今日のように身を曝していてはならぬ」


 アリシアは珍しくセシエ公の言葉に逆らった。


「公爵様はバルコニーにずっとおられたではありませんか?公爵様が見えないところへ下がるなど、私にはとても・・・」






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