第15話 バルダッシュ攻防 1章 一回目の戦い 3

 アティウスは二十人足らずのマギオの民を率いて、ファッロの軍がバルダッシュに入ってくる前から町中に潜んでいた。味方であるはずのファッロの部下にも見つからないように気を付けていた。十万近い人口があった町が空っぽになって、そこに四千の兵士が入っているだけだったのだ。身を隠すところなどいくらでもあった。それにこういう隠形は元々マギオの民の得意とするところだった。

 ファッロの部下に気づかれないように、彼らを見張り、自分たちの戦闘準備をした。混乱した市街戦の中でアラクノイを撃つつもりだった。アティウスとともに鉄砲の使い方を工夫した部下を率いていた。無表情にじっとそのときを待つマギオの民の中で、アティウスは周りの気配に注意を払っていた。タギが近くにいないはずはない、と思っていた。しかし、アティウスがいくら感覚をとぎすましても、タギの気配は感じられなかった。民の一部を割いて町を探ることもできたが、ファッロに気づかれたくなかったことと、自分以外の民がいくらしゃかりきになっても、タギの気配を感じることなどできないだろうという思いが、アティウスにそれをやらせなかった。

 ファッロの部下が先走って鉄砲を撃ったとき、アティウスも舌打ちをした。思わずぼやいた。


「なんとまあ、セシエ公の親衛隊ともあろう兵が・・」


 だが事態は、アティウスの望む方向に動いた。逃げまどう兵士達と、それを夢中になって追いかけるフリンギテ族の戦士と戦闘獣に乗ったアラクノイは、アティウスの期待した混乱を作り出していた。セシエ公の親衛隊も組織的な抵抗などできなかったが、彼らを狩るフリンギテ族の戦士も、戦闘獣に乗ったアラクノイもバラバラになって、逃げる兵士達をてんでに追いかけていたのだ。


「行くぞ!」


 報告を受けたアティウスはにやっと笑って、隠れ場所にしていた貴族の館の屋根裏から走り出した。マギオの民が無言で続いた。


 マギオの民は道路など使わない。屋根やテラスを伝って戦闘が行われている東市門近辺に近づいた。上空を舞っている翼獣に乗ったアラクノイに気を付けなければならないのが少しやっかいだったが、それらのアラクノイ達もセシエ公の兵を攻撃するのに夢中だった。

 レーザー砲と巨大獣の鞭毛が手当たり次第に建物や塔を壊していた。瓦礫がセシエ公の兵士達の上に降り注ぎ、混乱に輪を掛けていた。レーザーに撃たれ、瓦礫に埋まり、巨大獣に踏みつぶされて多くの兵士が命を落とした。

 アティウスに率いられたマギオの民は市門から続く縦貫路に沿った、背の高い建物に挟まれた比較的低い―それでも三階建てだったが―建物の最上階に身を潜めた。二つに分けたもう一隊もディディアヌスに指揮させて、同じような条件の、道路を挟んで斜め向かいになる建物に潜ませた。好き勝手にアラクノイが撃っているレーザー砲、レーザー銃の流れ弾が彼らのすぐ近くを奔ったが、マギオの民の誰一人、身動きもしなかった。流れ弾に誰かが運悪く撃ち殺されても動かなかっただろう。

 彼らの目の前に巨大獣が来た。二匹の中で大きな方の巨大獣だった。胴体の最上部は三階に潜んでいるマギオの民が見上げる位置にあった。胴の上に固定された巨大なレーザー砲とそれを操るアラクノイが見えた。巨大獣の背に乗ったアラクノイはハンドレーザーを乱射していた。


「あいつは私がやる」


 アティウスがレーザー砲を撃っているアラクノイを指しながら言った。


「シレーヌ、合図の用意を」


 シレーヌが懐から、細長い棒を取りだした。先が黒くふくらんでいる。黒くふくらんでいる部分を窓から出して、手元にたれている紐を掴んだ。


「よし!」


 アティウスの号令でシレーヌが紐を引っ張った。黒くふくらんでいる部分が爆発して閃光が奔った。二隊に分かれたマギオの民の構えていた鉄砲が、一斉に火を噴いた。二匹の巨大獣の背に乗っていたアラクノイが五匹、たたき落とされた。直後にアティウスは道路から離れた塔の上から青い光条が空に向かって奔るのを見た。青い光条は空を舞う翼獣の一匹に命中し、その翼獣は背中に乗せていた二匹のアラクノイと一緒に落ちてきた。

 マギオの民はすぐに逃げ出した。鉄砲を撃てば隠れている場所がばれてしまう。マギオの民が隠れていた場所に幾条もの光の矢が集中して、部屋の中のものを、そして部屋そのものを破壊した。マギオの民は後も見ずに一目散に逃げた。逃げながら後ろを振り返ったアティウスは、空に向かって奔った青い光条がもう一匹、翼獣を撃ち落としたのを見た。


「やっぱり隠れていたか」

「はっ?」


 小さな声で呟いたつもりだったが、隣を走っていた民が聞きとがめた。


「いや、何でもない」


 タギのことを詮索するより、逃げる方が先だった。とりあえずアラクノイを五匹倒した。そして自分の観察が正確なら、タギが翼獣を二匹、その上に乗っていたアラクノイを三匹倒したはずだ。まあまあの戦果だ、アティウスはそう思った。





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