第6話 暗殺未遂 1章 光の矢 1

 陽が落ちて真っ暗になったランドベリの街の石畳に蹄の音が響く。八頭の馬の一番先を先導するようにウルバヌスが進んでいた。二番手、三番手の騎士は松明を持っていたが、ウルバヌスは松明もなく、ほとんど足下も見えない暗い道を平然と馬を歩ませていた。

 馬が止まったのは高い壁に囲まれた広大な屋敷の門前だった。門衛の男達が一行を認めて門を開いた。一人を除いて全員が門前で下馬した。ウルバヌスが騎乗したままのセシエ公の馬の手綱を取った。そのまま馬を引いて門をくぐろうとしたとき、ウルバヌスはいきなり手綱を強く引いた。そのため馬が急に二、三歩前に動いて、騎乗していたセシエ公がバランスを崩して体を動かした瞬間、セシエ公の頭のあった空間を細くて青い光が奔った。光は門に当たって光の大きさの穴を門木に開けた。焦げ臭い匂いがたった。


「くせ者!」


 ウルバヌスが鋭く叫んだ。素早く馬を下りたセシエ公をかばって、光を発射された方向とセシエ公の間に立った。残りの男たちも剣を抜いてセシエ公の周りに人垣を作った。続いて奔ってきた青い光条に人垣を作った男の一人が肩を撃たれて悲鳴を上げた。そしてさらに一人、はじかれたように倒れた。門衛の吹く呼び子の音が闇を切り裂いて響いた。


「あっちだ!」


 ウルバヌスが、光が発射された方を指さした。公をかばっていた男たちの中から二人がその方向に走り出した。

 さらに何条もの青い光が闇を切り裂いて奔った。そのうち二本の光がくせ者めがけて走り出した男の一人に当たった。背中から二条の青い光をほとばしり出させて、その男は悲鳴を上げて倒れた。ウルバヌスは短弓を取りだして、光の発射源めがけて続けさまに何本もの矢を射ち込んだ。あわてたようにまた何条かの青い光があらぬ方向に向けて奔った。バサッ、バサッと大きな音がして、闇の中から大きな生き物が浮かび上がった。ウルバヌスはそれをめがけて矢を放ったが、それはたちまち夜空に高く舞い上がって遠ざかっていった。


「なんて大きな鳥だ!」


 周りの男たちから嘆声が上がった。セシエ公とウルバヌスは鋭い目で飛び去っていくものを見つめていたが、他の男達はもう剣を下げて、呆然としていた。

 常人よりもはるかに夜目が利くウルバヌスには、その生き物は鳥というより翼を持った獣に見えた。長い尾を後ろに引き、四本の肢を持っているように見えた。そしてその獣の背に人影を見ていた。飛び去りながらも獣の背から光を撃ってきたその人影は、ひどく長い手を持っているように見えた。

 屋敷から多くの男たちが飛び出してきたときには、もうすべてが終わっていた。それでも男達はセシエ公の回りを囲んで護衛しながら門の中に入っていった。公は集まった家人たちに、光に撃たれて倒れている男達を屋敷内に運び入れるように命じた。七、八人の男達がバラバラと駆けていった。


「このこと構えて口外するでない!」


 セシエ公が一部始終を見ていた門衛と護衛の男達に命じた。男達は頷いた。

 屋敷に入りがけにウルバヌスに命じた。


「今夜中に調べられるだけのことを調べて、私の部屋に報告に来い」


 ウルバヌスは無言のまま頷いた。


 屋敷内でもっとも奥まったところにある部屋だった。この執務室にはセシエ公の腹心以外入れなかった。この奥は公のプライヴェートな空間になっていて、セシエ公の身の回りの世話をする者だけが立ち入る事を許されていた。大きな丸いテーブルを四人の男達が囲んでいて、その中でセシエ公だけが座っていた。公と、ウルバヌスと、あとの二人はランディアナ王国の首都、ランドベリの屋敷の采配を任されている執事のテカムセと公の親衛隊の幹部の一人、ファッロだった。テカムセは五十がらみ、小太りで見事にはげ上がって、その代わりのように頬からあごにかけて髭を蓄えた男だった。ファッロは公に負けないほどの長身と、見事に鍛えられたがっしりした体格の若い男で、盛り上がった筋肉が服の上からでもよく分かった。若さを補うように口ひげを生やし、いつも意識してむっつりしているところのある男だった。

 セシエ公の手の者は公が髭を蓄えていることもあり、髭を生やした男たちが多かったが、その中でウルバヌスは無髭だった。筋肉の付き方も剣や槍、馬術で鍛えた公の家人たちとは明らかに違っていた。


「ウルバヌス」


 セシエ公に促されて、ウルバヌスが報告を始めた。


「くせ者はファンガーロ男爵の屋敷の横の路地に身を潜めていたようです。ファンガーロ男爵邸の通用門の横になります。およそ八十ヴィドゥーの距離から公爵様を狙っております。いつからそこにいたのかは分かりません。ご承知のとおりファンガーロ男爵邸は今は無人になっておりますし、当屋敷の者もことさらにそちらに注意をしておりませんでしたから。おそらくは何日も前から男爵邸に身を潜めて、あそこで公爵様の帰邸を待っていたものと思われます」

「あの屋敷が無人だということを知っていたわけだな?」

「おそらくはその通りかと存じます」

「ファンガーロ男爵につながるものか?」

「それは分かりません。今は公爵様に従わぬ者がランドベリにいられないことは誰でも知っております。そしてファンガーロ男爵が未だ公爵様に膝を屈していないことも誰でも知っておりますゆえ」

「ファンガーロ男爵の領地はオービ川に沿ったところだったな?」

「はい、川を渡れば蛮族の地でございます」

「ふむ」


 セシエ公が腕を組んだ。


「武器についてはどうなのだ?見たことも聞いたこともない武器だということだが」


 ファッロが自分のもっとも興味があることについて訊いた。ファッロは護衛の中にいなかったので、あの蒼い光条を見ていなかった。


「あれは、例えば光の矢とも言うべきものと思われます。威力に関して申し上げますと、公爵様を狙ってはずれたのは門木に深い穴をあけております。さすがに貫通はしておりませんが。穴の底には弾は残っておりません。光そのものの力で穴を開けたものと思われます。ゴンザーノは-」


 ゴンザーノというのは、くせ者に向かって駆け寄ろうとして撃たれた男だ。


「ゴンザーノは既に絶命しておりました。胸から背中にかけて穴が二つあいておりました。穴の中を細い棒を通すことができました。また穴の周りの肉が焦げておりました。細い鉄の棒を真っ赤に焼いて通せば同じような傷ができるかもしれません。人を殺めるのに十分な威力があると思われます」

「不思議な武器だな、それにあの鳥だ。くせ者を乗せて飛ぶことができるようだ。ウルバヌス、今までにあのようなもののことを聞いたことがあるか?」


 セシエ公が炯々と光る目でウルバヌスを見ながら訊いた。ウルバヌスは首を振った。


「ございませぬ」

「マギオの民ではないのだな?」

「違います」


 ウルバヌスはきっぱりと断言した。セシエ公も念のために訊いたという表情で、それ以上は追求しなかった。

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