第6話 暗殺未遂 1章 光の矢 2

 ウルバヌスの返事を聞いて、セシエ公は真正面からウルバヌスを見据えた。


「そうか、それならばウルバヌス、マギオの民を動かしてあの武器と、あの鳥について調べるのだ。味方にできるものならば良いが、そうでなければ始末しなければならぬ。場合によっては始末まで含めてマギオの民に命じるかもしれぬ。そのつもりでおれ」

「畏まりました」


 ウルバヌスは頭を下げた。表情に出さないように努めていても、セシエ公からの圧力はウルバヌスの背に汗をかかせていた。しかし、命を狙われたばかりというのに味方に出来る可能性を考えておられるのだろうか?セシエ公は。


「もう一つ、申し上げておくべきかと思うことがございます」


 それでもすぐに言葉を継げるのは、さすがと言うべきだった。

 セシエ公の眼が言うべきことはすべて言えと促していた。


「私はあのとき四本の矢を射ております。それが三本しか見つかりませぬ」

「どういうことだ?」

「一本はあのくせ者か、あるいはあの翼あるものに当たっているかも知れませぬ」

「分かるものか!この暗さの中で放った矢が一本見つからないからそれが当たったなどと、憶測もいいところだ」


 ファッロが嘲るようにウルバヌスに言った。ウルバヌスはファッロを方を見もせずにセシエ公に向かったまま、


「おそれながら、矢をどの方向に放ったか、私にはすべて分かっております。また暗いからといって落ちている矢を見逃すはずもございません。矢が見あたらないということはあの場所から持って行かれた、つまりどこかに当たってそのままあれらと一緒に行ってしまったという可能性が最も高いと考えております」


 ファッロに挑発されてもウルバヌスはあくまでも冷静だった。ファッロの方が頭に血が上ったようだ。


「ふん!マギオの民の申すことよ!明日あの辺りを探してその四本目の矢を見つけたらどうするんだ?」


 ウルバヌスはあくまで冷静だった。


「既に十分に探しましたなれば、そのようなことはあり得ませぬ」


 ファッロがウルバヌスを睨み付けた。ウルバヌスの冷静さがファッロの疳に障った。顔が真っ赤になっている。


「明日、その大口をたたきつぶしてやる!」

「ご存分に」


 ウルバヌスはファッロがどんな態度に出ようと気にしなかった。セシエ公の下につくようになってからずっとそうだった。


「四本目の矢が見つかったらおまえはどうする気だ?『私は間違えました』という看板でも担いでしばらく門の前にでも立っていてもらおうか?」


 ファッロには自分が理に合わないことを言っている自覚もなくなっていた。マギオの民-というより、ウルバヌスを相手にしていると、こうなる。頭に血が上ると言う表現がぴったりだった。セシエ公が言い争いに介入してきた。


「もう止めろ、ファッロ。くせ者の襲撃に最初に気づいたのがウルバヌスなのだぞ。一番冷静だったのもウルバヌスだった。その功は認めなければならぬ」


 さらに言い募ろうとしていたファッロが不満そうに口を閉じた。眼だけは爛々とウルバヌスを睨んでいた。目で人を殺すことができるならまさにこのファッロの眼がそれだっただろう。セシエ公が館の執事の方を向いて言った。


「テカムセ、屋敷の周りを広い空き地にせよ。ファンガーロ男爵邸だけでなく、他の家屋敷も取り壊して少なくとも百ヴィドゥー、見通しがきく様にするのだ」


テカムセが丁寧に辞儀をしながら答えた。


「承りましてございます」


セシエ公の屋敷の周りがすべて空き家というわけではない。しかし、セシエ公の意思であればそうすることが出来た。難しいことではない。


「ファッロ、あれが我らの知らない新しい武器であろうと、魔法のたぐいであろうとあの距離から門木を貫通するほどの威力はない。だから一里も二里も離れたところから人を殺せるとは思えない。それに真っ直ぐにしか撃てないようだ。鉄砲の一種と考えて対処するのだ。問題はどれほどの数があるかだな。先ほどは一人だけのように見えたが・・・」


 ウルバヌスを睨み付けていたファッロがセシエ公の言葉に考え込んだ。武器に関してはファッロも専門家だった。あの武器が敵の手に大量にあれば、それがどんな影響を与えるか、考えるだけでも恐ろしかった。

 重苦しい沈黙が部屋に満ちた。あんな武器が大量に戦場に出てくれば戦の仕様が一変する。それは鉄砲の影響の比ではないだろう。そしてあの翼あるものも問題だった。人を乗せて空を運ぶことができるものがたくさんいればこれもまた戦の様相を一変させるだろう。セシエ公に劣らずウルバヌスにとっても重大な問題だった。あんな武器と、あんな翼あるものが大量に存在すれば、それがマギオの民に与える影響はある意味、セシエ公に与える影響以上かもしれなかった。

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