第6話 暗殺未遂 1章 光の矢 3

 ウルバヌスがまた口を開いた。


「あんなものが王国内にいるなどとは聞いたことがございません。あの種の武器に関しても初めてです。王国内のことであればどんな辺鄙なところだろうと私どもの耳に入らぬはずはないと考えます。それだけの手配りはしておりますゆえ。調べるのなら国境の外を重点的にということになるかと思います」

「そうだな、東のオービ川の外、西の自由国境地帯の外、それにアルヴォン山塊だな」

「御意」


「レグニアやタグレイディアなどの国については考える必要はございませんか?」


 テカムセが横から訊いた。レグニアは自由国境地帯の西、タグレイディアは南方の大国だった。両国ともランディアナ王国に匹敵する国力を持っている。

セシエ公が明快に答えた。


「違うな、レグニア、タグレイディアなら、あんな使い方はしない。戦場で使うだろう。私一人を暗殺するなどという姑息なことに使うにはもったいないからな。それに今のところ両国とも私を殺して得になるとは思ってないはずだ」


 ウルバヌスは黙って聞いていた。何か言えばまたファッロが反発するだろう。しかし、命を狙われたばかりというのに、それもいままで知られていない武器で狙われたというのに公のこの冷静さはなんだろう。ウルバヌスは密かに舌を巻いていた。しかしその見解に全面的に賛成しているわけではなかった。


 アルヴォンでの戦いにはセシエ公も手を焼いていた。ニアとアザニア盆地こそ押さえたが、セシエ公の軍は盆地から一歩も出られなかった。自由に通れるのも南カンディア街道だけだった。それも下手をすると途中で山人たちに襲われる。南カンディア街道でさえ護衛なしで荷を送ることはできなかった。

 鉄砲の優位が少なくなる山中では、山人の攻撃に為す術もないと言ってよかった。ニアの住民も、表だっての抵抗こそしなくなったが、裏でなにをしているか分かったものではなかった。東西の連絡を絶つという目的も、脇道を抜けられてしまうため達成できていなかった。それでもカンディア街道を拡張整備して、人と物資の補給については格段によくなっていた。アザニア盆地のような広く開けたところで公の軍を破ることは山人にはできなかった。公の軍はアルヴォン山中に入ることが出来なかった。つまり今は両方から見て、アルヴォンの戦いは手詰まりになっていた。そこに別な要素が加われば大きく動く可能性があった。あんな武器と輸送手段がどこにあればセシエ公にとって一番まずいかというと、今はアルヴォン山塊の中だった。だからそこを特に重点的に調べるようにというのが公の命令だった。これがウルバヌスの見解と異なる点だった。おそらくアルヴォンは違うとウルバヌスは考えていた。


 それぞれの男たちに命令を与えて、セシエ公は解散を命じた。


 次の日ウルバヌスはマギオの民の里に向けて馬を駆けさせていた。マギオの民の里と、マギオの民のおさは王国の中で目立たない地方豪族の体を装っている。ランドベリから北東へ、ウルバヌスが馬を駈けさせれば二日の距離だった。その里の正確な位置を知っているのは、マギオの民の他にはセシエ公自身と、公の少数の腹心のみだった。

 公の護衛には、ランドベリに連れてきていたマギオの民の中から腕利きを選んで付けてきた。戦いの腕よりも五感が鋭いことを重点にした。ウルバヌスほどの者はいないが、この次は不意打ちではない。ある程度心積もりがあればウルバヌスほど鋭くなくても襲撃の気配に気づくだろう。その後の戦いに関しては、セシエ公の手の者の腕は確かだった。それだけの手配をしてきたが、ウルバヌスは同じような襲撃が続けてあるとは思っていなかった。あれはかなりの時間をかけて準備されたものだった。ウルバヌスがいなかったら成功していただろう。次の襲撃がどんな形になるか分からないが、そう簡単に準備できるとは思えなかった。襲撃者の利点はあの不思議な武器と人を乗せて飛ぶことができる獣、それが知られていないという利点はなくなっていた。そう考えれば有利、不利の天秤は最初の襲撃よりも味方のほうに傾いているはずだった。

 それにしても、とウルバヌスは思った。今、公の命を狙っている者を数え上げればきりがない。だがそれを実行に移せる者は数少ない。ましてマギオの民さえ知らないあのような者を使える人間がどこにいるのだろうか。公はアルヴォンを盛んに気にしていた。しかし違う、とウルバヌスの勘が言っていた。アルヴォンは人跡未踏の地ではない。ニア街道まではよそ者も平気で入り込む。ニア街道沿いの町での情報収集にあのような者の話はひっかかってきてはいない。確かによそ者には入り込めない集落が山塊のあちらこちらにある。だがそんな集落に住む山人もニア街道沿いの町に住む山人と交流がある。だからあんな武器や獣が山中にいれば必ずその噂が広がる。アルヴォンの山人は確かに剽悍な戦士だが、隠し事が得意というわけではない。ニア街道までは入り込めるマギオの民の探索からその噂を隠しおおせるとは思えなかった。国境の外を調べなければなるまい。それがウルバヌスの結論だった。


 あれを実際に見た自分が行かなければならない。マギオの民のおさに説明し、納得してもらうためには手紙や人伝ひとづてでは心許ない。ひょっとしたら調査そのものも自分がやらなければならないかもしれない。他の者では身の入れ方が違うだろう。そうなればセルフィオーナ王女との連絡役は誰かに変わってもらおう。セシエ公もことの重要性を考えれば了承するはずだ。



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